関係者の素顔に迫るインタビューを競馬ラボがオリジナルで独占掲載中!

角居勝彦調教師

角居勝彦調教師


-:ヴィクトワールピサ凱旋門賞参戦について角居勝彦調教師にお話を伺います。よろしくお願いします。

角:よろしくお願いします。

-:まずは、凱旋門賞参戦までの簡単な経緯を教えてください。

角:皐月賞のような重たい馬場でも良い結果が出ましたので、ヨーロッパの馬場でも大丈夫だろうと思って、凱旋門賞を目指したいと思ったのが最初ですね。ダービーが終わったあと、馬の状態を確認するまで少し時間がかかったので正式発表が6月26日というタイミングになりました。

-:状態を確認するまで少し時間がかかった、ということですが現在の状態はいかがですか?

角:今は山元トレセンで調整をしていますけど、いい感じで進めてもらえていると思います。

-:そうですか。実際に凱旋門賞参戦が決まったときの先生のお気持ちはいかがでしたか?

角:ずっと憧れていたレースですからね…。「いつかはヨーロッパの競馬へ挑戦したい」という思いがありましたから、その最初の挑戦を凱旋門賞という、ホースマンなら誰もが憧れるレースでやれるのは本当に嬉しいと思いました。とにかく挑戦しないことには何も始まらないので、挑戦させてもらえるキッカケをいただいてオーナーをはじめとする関係者の皆さんには感謝しています。

-:その憧れの凱旋門賞ですが、先生はどのような印象をお持ちですか?

角:観客として現地で観戦をしたことがありますけれど、やっぱりヨーロッパの紳士淑女の競馬という感じで「凄く華やかだなあ」という印象でしたね。最近は「世界のダービー王決定戦」のようになってきていますから、本当に世界一雰囲気の良いレースだと思います。

-:各国のダービー馬が集まって。

角:そうですね。だから古馬が勝ちにくいレースですよね。3歳のチャンピオンを勝たせるために各陣営がラビットやペースメーカーを作って、自分の馬が全力を出せるような流れを作りながら競馬をさせますから。「ベストを尽くしてどの馬が勝つのか」という力と力のぶつかり合い、本当に国を挙げて戦うようなレースですよね。

-:過去20年の結果を見るとフランスの馬が活躍していますが、地元の利があるのでしょうか?

角:あるでしょうね。フランスはヨーロッパの中では比較的にスピードが必要な競馬ですから。

-:先生の厩舎でフランスのレースを使うのは初めてですよね。ヴィクトワールピサが力を発揮する為には何が必要だと思われますか?

角:今回が初挑戦ですから、その「何が必要か」を探しに行くレースだと思っています。もちろん、今まで凱旋門賞やヨーロッパ競馬に挑戦した方にアドバイスを聞いて、こちらで出来ることはしていく予定です。あとは、ヨーロッパの馬場で走れるようにしておきたいので、前哨戦をしっかり使いたいですね。予定しているニエル賞に良い状態で出走させられるように準備をしていきたいと思っています。

-:もう現地で調整を進める体制は整っていらっしゃいますか?

角:いえ、まだ微調整が必要なのでこれから考える部分もありますね。朝の早い調教時間帯や滞在する馬房でヴィクトワール一頭だけになっても可哀想なので、帯同馬を連れて行こうと思っていますけど、それに伴って現地スタッフをもう少し厚くしておいた方がいいかな、とか。

-:なるほど。ところで先生の厩舎では海外のレースへ積極的に挑戦されていらっしゃいますが、先生が感じる海外挑戦の面白さは、どのようなところになりますか?

角:日本の常識がない、というところですね。日本で守らなければいけないルールは、海外では守るべきルールではないですから。日本では先にルールが決まっていて、その型通りに進めていく感じですけれども、海外ではルールは非常にアバウトに出来ているんです。こちらがルールに無いアイディアを申請しても、それで公正に競馬が施行されると判断されれば、それが認められるんですよ。

-:そうなんですか。

角:多分、馬装具も申請さえすれば、ほとんどのものを着けられると思いますよ。あと、2008年の凱旋門賞を勝ったザルカヴァのスタートで、係員が後ろからお尻を叩いて合図をしていたのをご覧になったことがあると思いますけれども、ああいうことも申請すれば許されますし、ゲートがうるさければゲートボーイを付けることも出来ますしね。馬の為に良かれと思うことを申請すれば、ほとんどが実現可能ですから、日本の決められた馬作りの枠を外して考えられるので、それが面白いですね。

-:可能性が広がりますね。

角:だからとりあえず「ダメもとで言ってみたらいいかな」という感じでいろいろと試してみますよ。海外では通訳を通すので、私が相手に直接言わなくてもいいですからね(笑)。いろいろな無理を通訳にオーダーして「本当にあんな無理を相手に伝えるのかな?」と思いながら通訳の奮闘ぶりを見ているのは面白いですよ(笑)。

-:ムチャ振りされて悪戦苦闘している姿を(笑)。

角:通訳イジリは海外競馬の面白さのひとつですね(笑)。でも、そういう経験を重ねていると「どこまでいったらダメなのか」というところが分かってきます。「守らなければいけないものは何か」という核心が分かってきますから、そこの部分だけ守って、あとはギリギリのところまで交渉することを勉強しないといけない、と通訳には意識してもらいたいと思っています。

-:核心部分は守って、そのギリギリのところまでは交渉してほしい、と。

角:そうですね。私の厩舎だけではなく、他の厩舎の通訳をすることもあるでしょうからね。私はいろいろと注文を付ける方ですけど、他の調教師さんはそこまで要求をしないと思いますから、通訳には「調教師から注文をされなくても、ギリギリのところまで交渉をしなさい」と言っています。

-:通訳のお仕事も大変ですね。では、厩舎スタッフの方に期待するところを教えていただきたいのですが、先生の著書(勝利の競馬、仕事の極意・廣済堂出版)にある「海外で通用するような人」という言葉について、先生がお考えになる人物像を教えてください。

角:通用するタイプというより、海外では難しいと思うのは、日本流から離れられない人ですね。例えば引き手を2本使わないと馬をコントロール出来ないとか、シャンク1本で馬を引っ張ることが出来ないとか。「郷に入りては郷に従え」というスタイルになるので、海外に出たときに海外のルールの中で馬を扱えない人は通用しませんね。

-:なるほど。

角:ルールも設備も日本とは違いますからね。海外には2本の引き手で馬を張る場所はどこにもありませんし、洗い場も日本のようなシャワーは無くて、外にホースが1本あるだけです。馬房も、日本のように湿度があるわけではないので、コンクリートの壁で、窓も無いような牢獄みたいなものですからね。壁を思いっきり蹴ってしまうと脚を傷めるくらいの硬い壁で「たまたま蹴ってしまいました」といっても、それで終わりですからね。

-:凄く立派な環境というわけでもないんですね。

角:そういう環境の中でもジッとしていられる馬を作れるか、ということです。ヨーロッパの馬は蹴りませんから。蹴るどころか後ろ脚を上げる行為すらしないので、それだけ普段可愛がっているということもあると思いますけど、馬に蹴らせないという躾が出来ているんでしょうね。狩猟民族として長年馬を扱ってきた上手さを感じます。馬との距離感や、馬の雰囲気を感じ取るセンスがあるんでしょうね。

-:そうなんですか。

角:でも日本人でも、人からのアドバイスを素直に聞き入れられる人なら変われますから。海外で仕事をするには、人の言うことを素直に聞いて取り組んでみるという姿勢が必要かな、と思います。

-:分かりました。もうひとつ、先生の著書からお聞きしたいのですが、先生は趣味に没頭していた時期があるというお話がありましたけれども、そういう生活を送っていた先生が、世界の第一線に飛び出していくことに怖さを感じることはありませんでしたか?



角:無いわけではないですよ。ある種吹っ切れていないと飛び込めない世界ですから、覚悟を決める瞬間がありますよね。でもそれは海外に出て行くときだけの話ではなくて、自分を変える第一歩を踏み出すときには覚悟を決める瞬間はありますよ。自分の人生を思いっきり変えるために、馬の世界に飛び込むとき、藤澤和雄先生のところに行ったときにもそういう覚悟の瞬間はありました。

-:なるほど。

角:それはやっぱり自分への挑戦ですよね。自分が今まで苦手にしていたり、場違いだと思っていたところにちゃんと挨拶をしに行くのも、どれだけ大変なことかということを自分で分かっていて挑戦出来ればその意義は大きいと思います。飛び込んでその先の運命がどうあるかは分かりませんけど、少なくとも自分は変われますよね。

-:そうですね。

角:それがイヤで逃げている人生では何も変われないし…。まあ、逃げて堕落していく自分を分かっていながら、目の前の楽しさに飲み込まれていくのもひとつの生き方でしょうけれども、そういう挑戦を自分の人生のどこかでやるのも大事だと思います。もちろんその結果が常に上手くいくわけではありませんけど。私も負けて帰ってくるとメゲますけどね…応えますよ(笑)。

-:ガックリと(笑)。

角:海外に遠征して結果が出ないと失うものも多いですからね。お金を失うし、人気も失う。私も振り返ってみれば「成功したからいいようなものの…」と思うことはたくさんあります。

-:負けていたらどうなっていただろう、と。

角:そういうのは考えますよね。ウオッカもダービーを勝ったことによって、競馬場に見に来てくださるファンが増えたと思いますけど、それはダービーに挑戦して上手く勝てたからそうなったんだと思います。ダービーを勝った後は皆さん褒めてくださいましたけど、その直前は「何で牝馬がダービーに出るんだ」という声もありましたからね。「もし負けていたらどんな批判をされたか」というのはありますよ。

-:確かに。

角:でも、結果は全部後からしか出てこないですから。それに、こういう挑戦をヴィクトワールピサほどの馬がしないと、これから先、他の馬も挑戦しにくくなりますからね。「日本の競馬を盛り上げるために国内に残る」という考え方が大切だというところはたくさんありますけれども、今はどんなスポーツでも世界の舞台で活躍した選手は注目を浴びる現状ですからね。

-:野球でもサッカーでもそうですよね。

角:ですから競馬ファンの関心をずっと常に惹き続けるためには、リスクが大きくても海外挑戦をしていかないと。勝つか負けるかはまず挑戦しないと始まらないですから。

-:そうですよね。

角:だから調教師はいつでも「いろんなことに挑戦するんだ」というような気持ちを持ち続けなければいけないと思います。やっぱり最初に「挑戦しましょう」と言い出しっぺになれるのは調教師ですから。それでオーナーやジョッキーや厩務員が「ちょっと難しい」という話になれば、いつでも止めることは可能ですしね。

-:先生としては常に挑戦する姿勢を保って。

角:そうですね。私には失うものも捨てるものも何もありませんから。それが強みだと思っていますし、誰の人生でもない、そこで恥をかこうが失敗しようが全部自分の責任ですからね。それに私には一緒に挑戦してくれるスタッフがいますし。

-:自分ひとりではなく。

角:やっぱり厩舎スタッフが共鳴してくれるかどうかは大事ですよ。スタッフみんなの「やってやろう」という一つの気持ちになるような雰囲気、そういう後押しがあったから新しいことに挑戦出来た部分はありますね。

-:そういう風にまとまるのは、先生が普段からスタッフの皆さんにそういう動機付けをされていらっしゃるんじゃないですか?

角:根回しはしますよ(笑)。

-:アハハ(笑)。厩舎もいい雰囲気なんでしょうね。

角:人は間違いなく成長してくれていますからね。まあ、成長している人を更に成長させなければいけないのはツラいですけどね(笑)。

-:煙たがられたり(笑)。

角:でもずっと成長し続けてくれないと困りますから、常に「それでいいのか?」という問いかけはやっていかないといけませんね。この仕事にゴールはないので、満足しないでもらいたいと思っています。今はG1を勝ったり成績が出ているからか、1つのレースを勝って喜んでいないわけではないんですけど、何か…。それこそ帝王賞でカネヒキリが2着に入ったときのような感動がもっと欲しいと思います。

-:なるほど。

角:でも日本の競馬の中だけでやっていると、目の前の勝ち負けだけに意識がいってしまって、変革しづらいところもあるんですよ。そういう意味では、何かを変革したいから海外に出て行くというのもあるかもしれませんね。

-:更に向上していきたいということで。

角:はい。そしてウオッカのような、たくさんのファンが競馬場に見に来てくださる馬をまた作りたいな、と思います。

-:楽しみにしています。ではそろそろお時間になりますのでこの辺で。これからもヴィクトワールピサの挑戦を紹介していきたいと思いますので、またお話を聞かせてください。今日はありがとうございました。

角:ありがとうございました。



【角居 勝彦】 Sumii Katsuhiko

1964年石川県出身。
2000年に調教師免許を取得。
2000年に厩舎開業。
JRA通算成績は284勝(10/7/2現在)
初出走:
2001年3月11日 1回 阪神6日 6R セトノマックイーン(5着)
初勝利:
2001年3月24日 2回 阪神1日 9R スカイアンドリュウ


■最近の主な重賞勝利
・10年皐月賞/10年弥生賞 (共にヴィクトワールピサ号)
・10年平安S (ロールオブザダイス号) ・ジャパンカップ/09年安田記念/09年ヴィクトリアマイル(全てウオッカ号)


05年、08年には最多賞金獲得調教師として、09年には優秀技術調教師としてJRA賞を受賞。2008年度、2009年度代表馬のウオッカをはじめ、開業以来、数々のG1ウイナーを輩出している。10年皐月賞を制したヴィクトワールピサで凱旋門賞挑戦を表明。日本馬初の凱旋門賞制覇を目指す。