第一章 悲願を手繰り寄せたワンアンドオンリー陣営
2014/7/9(水)
先行配信したWEB動画でも大きな反響を呼んでいるアンカツ「騎手論のすすめ」。2014上半期のハイライト、落馬問題、いまの競馬界の問題点を大騎手の視点から提言しているが、何時もオブラートに包むことなく語り尽くす理由を「誰かが言わなきゃ、競馬界は改革しない。それを発信するのが、騎手引退後に調教師という道を選ばなかったオレの役目」と、このパイオニアは言う。競馬ラボ専属カメラマン兼インタビューの高橋章夫が聞き手、独占インタビューの完全ノーカットテキスト版をご確認いただきたい。
高橋章夫カメラマン:2014年の上半期が終わりました。安藤さんが一番注目していたハープスターがオークスで負けてしまうという波乱、横山典騎手のワンアンドオンリーが橋口調教師に初のダービーを獲らせてあげたという、色々な意味で楽しめた上半期でしたが、まずダービーから振り返っていただけますか。元騎手だった安藤さんの目線で、あのダービーはどう見ましたか?
安藤勝己元騎手:やっぱりダービーは運も必要じゃないかと思うよね。あの馬場状態で(ワンアンドオンリーに)内枠が当たったというのもすごく良かったし、ノリちゃんがイチかバチかというか、スタートも良かったから、あの時の馬場状態も考えて、今までの戦法じゃなく前に付けて。だから多少、道中は苦労していたけどね。そこを我慢しきって、あの時の馬場状態じゃ、ベストの乗り方をしたと思うしね。それも、1枠があったからこその勝利だし、そういう点では運もあったかなと。
高:戦前の話では、あそこまで前に行ける馬じゃないと思っている人も多かったと思うし、安藤さん自身も、実際のレースよりも後ろで走る可能性の方が高い、と思われたんですか?
安:あの枠を引いても、あそこまで行くとは思ってなかったね。あの位置に付けるとはね。
高:それが勝負師であるノリさんの素晴らしいところであり、その状態に持っていけた橋口厩舎の力ということですね。
安:馬もちょうどダービーに向けて良くなっていたし、皐月賞も負けたけど終いの脚は一つ際立っていたからね。ただ、ここ一番で脚質転換するというのは、騎手としてはけっこう度胸がいるんですよ。勝つためには、それがベストだと思ってやったノリちゃんがすごく良かったし、それで勝ち切ったということは、橋口先生も持っているなと思うしね。
高:あのワンアンドオンリーのお母さんはヴァーチュという池江泰郎厩舎の馬だったんですけど、橋口厩舎の助手をやっている元ジョッキーの赤木高太郎さんが調教で乗っていて、ワンアンドオンリーと似ているハミの受け方で「頭を上げて、ハミの取り方をするところが似ていたから、それを直さないといけない」と感じたらしいんです。それから担当の甲斐調教助手と2人で、未勝利戦の後ぐらいから取り組んでいて、だいぶ走り方も変わってきて、坂路の時計もダービー前は変わりましたものね。
安:それにハーツクライの子というのもあるよ。ジャスタウェイにも言えることで、どっかでバンと急激に力を付けるというか、すごく奥のある血統じゃないかと思ったね。
高:ハーツクライ産駒というのは、これまでクラシックでバンと強くなる馬というのがなかなかなくて、4歳もしくは5歳くらいで伸びてくる馬が多かったんですけど、3歳でもコロッと変わる馬が出てきたというのは、これからの生産界にとってもちょっと明るい兆しですね。
安:ハーツクライ自体も、ダービーの頃はそれ程の馬じゃなかったからね。やっぱりそういう点では、仕上げ方も良かったのかもしれないし、馬もハーツクライほど緩くなかったのかもしれないしね。
高:走るハーツクライ産駒に共通しているところというのは、仔馬から2歳ぐらいまでで、歩様が良い馬は結果が出ていないみたいですね。お父さんに似ているような、ちょっと違和感のある脚の馬が活躍しているようです。
安:ウインバリアシオンなんかでも、ダービーの頃まではすごく歩様が悪かったからね。
高:だから、それがやっぱり走る。今年のセレクトセールに行かれるオーナーは、歩様が悪いハーツクライ産駒を見付けたら、コレだと指名をした方が良いんじゃないですか?
高:他の馬についても触れていきたいんですけども、皐月賞馬イスラボニータは、ちょっと入った枠が外過ぎて、どういったレースをするのかなと思って見ていたんですけど、皐月賞から一転して、結構出していったんですよね。
安:やっぱり馬場状態が内有利というか、先行有利で外を回っては、間に合わない馬場状態だったからね。
高:ノリさんに負けず劣らず、蛯名騎手もすごく勝負にいきましたよね。1コーナーに入るくらいまでで、すごい行くな、と思わされましたし、やっぱりあの方も勝負師ですね。
安:それでやっぱり、2コーナーを過ぎたら落ち着いて走っていたからね。あの馬も本当に良いレースをしていますよ。あの枠だった割にはね。それとフジキセキの子で、今までずっと見ていると、運がないというか、G1ではちょっと足りないという馬が多かったから。あの馬の体だけを見ていると、そんなに距離が保つ体じゃないですよ。
高:しかも、皐月賞の時は馬込みに入れたから、悪く言えば結果オーライの競馬ですが、馬を上手く丸め込んで瞬発力を引き出す乗り方をしていたと思うんですけど、反対にダービーというのは、前に馬がいない分、ちょっと伸び過ぎていて、最後保たないんじゃないかと思っていたら、やっぱり来るんですよね。
安:やっぱりあの馬は、体型とか血統じゃなくて、距離もそれなりにこなすし、本当に色々な競馬ができるし、現に安定しているしね。
高:左回りでも強いですしね。だから、絶対能力自体があると見た方が良いですね。
高:僕も馬券で本命にしていたトゥザワールド、これが5番枠から出たのに意外に下げたじゃないですか?
安:オレも正直、あれが有力馬の中では、一番前で競馬をすると思ったんですよ。ただ、やっぱり皐月賞でイスラボニータに負けているから、反対にイスラを見る形で競馬をしろと言われたのか、その点は分からないですけど、あの位置で競馬をするとは思わなかったですね。
高:僕の1コーナー入るまでの一番の誤算は、あの馬だったんですね。池江厩舎の助手の方に、ウインフルブルームが取り消して、トゥザワールドが行っても良いんじゃないかと取材をしたんですよ。そうしたら、「(逃げは)ない」と返ってきたんですよ。だから、それはないにしても、3〜4番手にはいるんじゃないかと思ったんですけど、あれがワンアンドオンリーとマッチレースみたいなポジションだったら、もっと面白いダービーになっていた気がするから……。また秋に巻き返してほしいのですが。
安藤「その前にオークスがあったから、その敗戦が川田騎手にとって、尾を引いていたというか」
安:あの馬もそれまでは確実だったし、ゲートもいつもポンと出ていたからね。その前にオークスがあったから、その敗戦が川田騎手にとって、尾を引いていたというか。
高:それというのは、ファンの人も馬券を買う前にもちろん気にすることなんですけど、次にトゥザワールドクラスの馬がいるんだったら、コロッと精神的なスイッチを切り替えることはできないのですか?
安:不思議なもんで、やっぱりリズムなんですよね。人間も良い時は、何も考えずに良い競馬をするんですよ。ドンドン勝てる時はね。だから、日によって、ダダダと勝ったりね。不思議と良い競馬になるんですよね。だから、ちょっと躓き出すと、スランプに落ちるだとか、そういうことが何故かあるんですよね。
高:安藤さんぐらいのジョッキーでも、何回か経験をされているのですか?
安:ええ。良い時って、勝つ時って、どれに乗っても勝てる気がするんですよ。
高:負ける時は色々と考えて。
安:そうそう。色々なことを考えちゃうから。
高:そう考えると、川田ジョッキーも気の毒な面もあると?
安:そうは上手くいかないからね。なかなか上手く流れに乗れないんだろうけど、それを一つ一つ乗り越えていくことが勉強にもなるし。
高:ファンの方も驚いたと思うんですけど、4着にタガノグランパ。あの馬がダービー4着というのにビックリしたんですけど、府中の2400であまり紛れがないイメージがあるじゃないですか?
安:また、あんなに前に行くと思ってないから。あの馬は、もうちょっと短い距離で終い来る馬だったから、全然思った競馬と違う競馬をして、最後まで頑張っていたからね。
高:あの辺も松田博資調教師の驚くところで、どっちかと言えば、NHKマイルCに出る馬だと思っていたんですよ。それが、ダービーでは無理だろうと思っていたのに4着ですからね。やっぱり固定概念というか、先入観で馬を見てはダメだなというのはすごく思いましたね。
安:そうですね。
安藤 勝己 - Katsumi Ando
1960年3月28日生まれ 愛知県出身
76年に笠松競馬でデビュー。78年に初のリーディングに輝き、東海地区のトップ騎手として君臨。笠松所属時代に通算3299勝を挙げ、03年3月に地方からJRAに移籍を果たす。同年3月30日にビリーヴで高松宮記念を勝ちG1初制覇して以降、9年連続でG1を制覇。JRA通算重賞81勝(うちG1 22勝)を含む1111勝を挙げ、史上初の地方・中央ダブル1000勝を達成した。13年1月惜しまれつつ騎手人生に終止符を打った。今後は「競馬の素晴らしさを伝える仕事をしたい」と述べており、さらなる競馬界への貢献が期待されている。
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高橋 章夫 - Akio Takahashi
1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。