"幻のG1馬"を真のG1馬へ 厩舎スタッフの熱き思い…こちら検量室前派出所(仮)

ソルヴェイグ

G1制覇の期待がかかるソルヴェイグ

このコラムで鮫島一歩厩舎の登場回数は非常に多い。取材で何度もお世話になっていることに加え、今年初G1制覇と波に乗る厩舎だけに、話題が尽きないのだ。

そんな鮫島厩舎で「本当は俺がスプリンターズSで鮫島厩舎の初G1をキメるはずだった!」と悔しそうな表情を浮かべる助手がいる。松浦良幸助手。担当馬はスプリント戦線で活躍するソルヴェイグだ。

ローズSが終わった翌週、鮫島厩舎を訪ねた時のこと。モズカッチャンを担当する古川秀太助手がこんなことを言っていた。

「そういえば、ソルヴェイグの担当さんがとても悔しがってるんですよ。『生涯最高のデキだったのに、スプリンターズSの除外が悔しい……』って」。

その後、回避馬も出ず、ソルヴェイグはスプリンターズSで賞金不足のため除外となった。その翌週オパールSに出走し、逃げて完勝した。あの言葉がずっと頭に残っていたこともあり、今回は『幻のスプリンターズS勝ち馬』の担当である松浦助手にインタビューを敢行したのである。

「古川、代わりにしゃべってくれ……」と言いながら大仲のテーブルについた松浦助手。ため息とともにこう語る。「あのスプリンターズS除外は痛恨の極みです……。本当に馬に申し訳ないことをした。当初は入ると思ってたら、レーティングで繰り下がってしまって。しかも、ペルシアンナイトがマイルチャンピオンSを勝ったでしょう?あれで馬主さん(G1レーシング)の初G1制覇もキメられなくなりました……」。

相当悔しかったのだろう。あれから2ヶ月近く経った今でも、この話になるとため息が絶えない。むしろため息が増える要素が増えていた。

「スプリンターズの前は本当に生涯最高のデキ。体の張りが違いました。触った感触からして違いましたもの。オパールSの時には正直、もう状態は下降線。冬毛も出始めていました。それでも勝ってくれたし、生涯最高のデキだったあの時、スプリンターズSに出ていれば、鮫島厩舎の初G1はあの仔になっていたかもしれない……」。

ソルヴェイグ

オパールSを制したソルヴェイグ

そんな松浦助手は今年、20年目を迎えるベテランだ。西浦厩舎で12年、鮫島厩舎に入って8年になる。「思い出の馬はオープンまで行ったマイハッピークロスとかもいるけど、やっぱりウインセイヴァーかな。6勝して、オープンまで行った馬。でもオープン最初のレースで競走中止して、亡くなってしまったんです。あの時は2週間くらい体に力が入らなくなりました。でも他の馬に失礼だと立ち直ってね。あれから若手には『こういう事故は絶対に引きずるな、でも絶対に忘れるな』と伝えるようにしています」。その貴重な経験を、厩舎の若手たちに伝えている。

そしてソルヴェイグの母であるアスドゥクールや、妹のグインネヴィア、その弟でオープンまで出世したエールブリーズも担当し、この一族を誰よりも知る存在だ。

「この一族の女の子はみんな飼い葉を食べないんですよ。少食なんです。グインネヴィアなんかは追い切りから競馬まで食べなかった時があるくらい。姪のソルヴェイグもそこまでではないにしろ、少食でなかなか難しい。食に興味がないんでしょうね。ニンジンも嫌い。青草も残す。何が好きなのか……」。

そんなソルヴェイグと松浦助手は出会ってもう2年になる。「お母さんのアスドゥクールも担当していましたが、初仔なので小さい仔が来ると思っていたんです。そしたら思ったより大きい仔でした。お母さんはウルサい馬だったけど、娘はそんなこともなくおとなしい。ビックリしましたね。あまり似てないなと思いましたね」と、懐かしそうに当時を振り返る。

「初めて乗った時の感触が良かったのを覚えています。これなら阪神ジュベナイルFや桜花賞に間に合うな、G1で走る馬だなと、そういう感触はありました」と続けていたところで、他の助手さんから声が飛んだ。「この馬の感触がいいって言ってるのは松浦さんだけなんですよね。普段の調教の感触は良くないし、調教で乗った騎手も『走る馬の背中ではない気がします…』と言うんです。最初に見抜いた松浦さんはスゴいですよ」。

松浦助手はまたも恥ずかしそうに「畑端(省吾騎手)も褒めてくれるんだけどね」とテレるが、この和気藹々とした雰囲気が鮫島厩舎の良さだ。

普段の苦労を語る表情は終始笑顔だ。「この仔は怖がりなところがあってね。後ろから車が来るだけでビックリする。だから獣医さんも大嫌い。馬房の奥から出てこなくなりますから。獣医さんが来る時はあらかじめ出しておかないといけないんです」。かわいくて仕方ないようだ。

そんなソルヴェイグには変わった癖があるという。「この仔はね、なめるんですよ…ひたすらなめてくる。馬房の中で作業している時も、普通なら馬に注意しないといけないですが、この仔はただひたすら背中をなめてくるからまったく注意しなくていいんです。腰のベルトの革をよくなめますね。好きなのかな?」と笑う。「馬房の前でもひたすら僕の手や腕をなめてきます。誰もいないと床もなめているんですよ。こんなになめる仔は見たことがないです」そう20年目のベテランにそう言わしめるソルヴェイグ。取材中も子犬のようにずっと松浦助手の腕をなめ続けていた。

そんな固い絆で結ばれたコンビも、規定上あと1年3ヶ月ほどでソルヴェイグが引退を迎えるため、別れがやってくる。京阪杯は敗れたが、G1制覇のチャンスは残っている。「目標はまず無事にお母さんとして牧場に戻してあげること。それまでに何とかGⅠを勝たせてあげたいんです。やっぱりGⅠを勝っているかどうかでは違いますからね。大きな病気もしたことがない仔ですし、これからも頑張ります」。

そう語っている最中も、ソルヴェイグは松浦助手の服をなめ続けていた。「あ~あ、また洗濯だよ……」。そう苦笑いしながらも優しく顔をなでるその姿は、気温3℃と冷え込む栗東トレセンの中でもこちらを暖めてくれるものがあった。

「僕は誕生日が5月28日なので、その日にダービーを勝つのが夢なんですよ」。

松浦助手の夢を叶えるのが、ソルヴェイグの子どもであってほしい。そう願わずにはいられなかった。