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市川明彦厩務員

市川明彦厩務員

「この馬は本当に凄い!」。有馬記念前の取材で、そう話してくれた市川明彦厩務員。この言葉通りトゥザグローリー(牡4、栗東・池江郎厩舎)は、有馬記念で低評価を覆し3着と好走した。
そのトゥザグローリーが、始動戦に選んだのは京都記念。2月一杯の引退直前までに、ターフを賑わせる有力馬を送り出す池江泰郎師の愛弟子・市川厩務員に、有馬記念に引き続き話を伺った。


-:まず、京都記念に向けての近況から聞かせてください。

市:有馬記念でようやくトゥザグローリーらしさを見せてくれました!能力の絶対値が違う底知れない馬だと感じていましたが、それを証明できたんじゃないでしょうか。有馬の後、ずっと厩舎で調整していますが、少し成長しました。
それ故に馬体重は増えているのですが、決して太いわけではないんです。元々、太りやすい体質の馬ですし、汗をかかない時期だから太目残りを心配するファンもいると思うんですが、太いのではなく体の成長に伴った適正な体重なんですよ。そこは立ち写真を見てもらえばわかってもらえると思います。




-:トゥザグローリーは新馬から春のレースにかけて、太かった体重を絞るのに苦労されたと思います。今回の調整でも飼葉を加減して調整してきたのでしょうか。

市:食欲旺盛な馬ですから飼葉には気を使いました。それに余分な脂肪が付かないよう普段の調教にプールも併用して、エネルギー消費量を増やしました。

-:先週の追い切りの動きを見ていかがでしたか?

市:見た目通り動きも良かったですし、時計的にも満足しています。それに心肺機能は有馬記念の時と比べても遜色ない状態ですので、京都記念に向けての不安はありません。毎回同じことを言っていますが、この馬が走るには騎手が重要なんです。

-:騎手との相性については前回も触れましたが、もう一度お願いします。

市:トゥザグローリーはおっとりした性格の馬なので、折り合い重視でフワッと乗りすぎると流れに乗れず届かない。レース序盤からしっかり馬とコンタクトを取って、びっしり追ってくれる騎手じゃないと結果はでません(レースはリスポリ騎手騎乗)。車に例えるとギアが普通よりもう1つ、2つある。5速ではなく7速ある馬なんで、そこまで回せる(追える)騎手が必要なんです。

-:トゥザグローリーは市川さんにとっても想い入れのある血統ですよね。

市:池江厩舎のラストイヤーに、これだけ素晴らしい馬を担当させてもらえて光栄です。僕が初めてGⅠを勝ったのがトゥザヴィクトリーのエリザベス女王杯です。この仔を担当した時点ではトゥザヴィクトリーの仔は結果が出ていなかったので心配していたんです。それだけに、このトゥザグローリーで結果を残せたのはうれしい事です。

-:骨っぽい相手もいますが、今回の京都記念も楽しみになってきました。

市:馬も成長して良い状態でレースに送り出せそうです。有馬記念から1ヵ月半ありましたので疲れが残る心配もありません。問題は相手関係よりも騎手がトゥザグローリーを乗りこなせるか。能力通り走れるなら当然結果はついてくる!と思っています。



-:2月末で池江厩舎は解散しますが、市川さんにとって池江泰郎先生とはどんな存在なのでしょう。

市:僕がこの世界に入った26年前はまだ世襲が多かったんです。僕の両親は競馬とは関係ない仕事でしたから、競馬学校の厩務員過程に入ったのも25歳と遅かった。知り合いを通じて中村好夫先生(サルノキング・ダイアナソロン・ステートジャガー・フジノマッケンオーetcを輩出)と出会い、競馬学校に入りました。当然、卒業後は中村好夫厩舎に配属されると思っていたのに、フタを開けてみると中村厩舎は厩務員の空きがなく入れない状態だった。
こっちは中村先生を頼って競馬学校まで行ったのに、話が違うと一気にやる気を無くして。それで配属された池江泰郎厩舎には顔を出さず、馬の世界はやめてサラリーマンに戻ろうと思っていました。独身寮に運んだ荷物を整理して帰る準備をしていたときです。池江先生から電話があったんです。『何しとるんや~?』って。

もう辞める決心はついていましたから、先生も僕が辞めるつもりだと知っていたはずです。ところが先生は『お前、メシ食ったか?今から家に来い?』って、いつもの優しい口調で言うんです。僕は入ったばっかりで先生の自宅なんて知りませんから『僕、先生の家知りません』と言った。そうしたら、『そっちに迎えに行ったるわ、待っとけ』と。調教師なのに迎えに来てくれたんです。ちょうど腹も減ってたんでメシを食ってから先生に辞めると伝えて京都に帰ろう。そう思って先生の自宅に行きました。

『女房がカレー作ったんや。美味いぞ!食え』。それでカレー食べて、その後、世間話していたら先生がボソッと『それでお前どうするんや』って聞くんです。
その時、辞めるつもりでいたのに辞めるって言えなかった。先生の人柄や優しさに触れて、胸がいっぱいになっていたんです。(こんないい加減な僕を)先生使ってくれるんですか?そう聞きました。そしたら『お前のためにおとなしい馬を用意してある。明日から厩舎に来い』。それが今も忘れられない先生との出会いです。


-:トゥザヴィクトリーやディープインパクトに出会う、ずっと前にそんな事があったんですね。

市:あそこで辞めていたら今の僕はなかった。馬の難しさや奥深さ、馬の魅力なんて知る由もなかった。先生は師匠であり、人間的にすばらしい親父みたいな存在です。厩舎の中で一番怒られたの僕じゃないかな(笑)。

-:先生は、どういう時に怒るんですか?

市:厩舎に入って、しばらくたった時に仕上がり途上の馬がいたんです。先生から使う予定を聞かされて『まだ重いからもう少し待った方がいいんじゃないですか?』って言ったら、めちゃくちゃ怒られました。『誰が決めるんや?』そう言われたんです。

厩舎でも先輩厩務員さん達は同じような事を普通に言ってるんですよ。でも僕が言うと怒る。『もっと馬を理解して、馬を知ってから言え』そう教えてくれたんだと思います。先生は昔から全責任を背負って馬を預かってきた人なんです。


-:最近では、どの馬で先生の決断力を感じましたか?

市:フォゲッタブルは明け3歳の1月に新馬戦を使って。秋まで休みなく使ってきました。体質の弱かったフォゲッタブルは調教した後の歩様が乱れる事があって、夏前に1回休ませた方が良いんじゃないか?と思って先生に相談したんです。
『このまま調教して行こう』先生からそう言われて、一か八かじゃないけど『大丈夫かな?』って思いましたよ。かなり際どい判断だったと思うんです。一歩間違えたら馬が壊れますからね。でも、苦しい夏に攻めた甲斐あってフォゲッタブルはセントライト記念3着、菊花賞2着、ステイヤーズS1着、有馬記念4着と一気に飛躍できました。もう脱帽です。馬をよく観察している先生ならではの相馬眼には驚かされました。


-:市川さんが池江厩舎に配属になった時にはなかった馬への気配りを教えてくれたのが先生だったんですね。

市:入った頃は『馬は危ない、馬は汚い』と思うこともありました。しかし実際、馬と接しているともっと馬を知りたいと思うようになりました。調教時計の数字を気にするよりも調教した後、馬に疲労が残ってないかを注意しています。
僕ら厩務員は馬と一緒に歩いていますが、その歩き方だけでも日々の変化を感じるものなんです。馬の一番近くにいる僕が馬の微妙な変化に気づけなくては馬を守れませんから。


-:ディープインパクトを担当していた市川さんでも若い頃はスーパーホースに憧れましたか。

市:昔、シンボリルドルフが菊花賞前に栗東に滞在していた事があって、その最終追い切りを見に行ったんです。今のEコース(まだウッドチップコースのなかった頃、一番外側のダートコース)だったんですが目の前を走って行った時はしびれました。スピード感が違う!というか異次元の馬でした。初めてフェラーリを見たようなモンですよ(笑)。
まさかルドルフやミスターシービーなど僕の憧れたスーパーホースと肩を並べる馬に出会うとは思ってもみませんでした。ディープインパクトの話はもっともっとありますが又、機会を改めてお話します。先生には最初から最後まで本当にお世話になりました。僕がこれほど馬に夢中になれたのは先生との出会いがあったからこそです。





【市川 明彦】 Ichikawa Akihiko

厩務員歴25年。重賞初勝利はケープリズバーンで制したTCK女王盃(GⅢ)。 ディープインパクト、トゥザヴィクトリーのGⅠウイナーの他、サイレントディール、ブラックタイド、などの重賞ウィナーも担当した。 池江泰郎厩舎解散まではトゥザグローリーとフォゲッタブルを担当している。26歳で競馬の世界に入って以来、恩師である池江泰郎師のもとで働く。