スクリーンヒーローとの思い出
2009/12/28(月)
寺本秀雄厩務員×高橋摩衣
高：先日、残念ながら屈腱炎で引退を表明したスクリーンヒーローの思い出を、担当厩務員の寺本さんにお聞きします。引退、残念でした。
寺：ねえ。本当に残念だったね。競走馬に生まれたからには、競走生活を長く続けられる事が本望なんでしょうけど、競走馬にはこういう試練もあるからね。その代わり、種牡馬としてこれから活躍できるチャンスをもらったし、救いは次の世代に夢を繋ぐ事が出来るのですから、まだ良かったかな、と思っています。
高：寺本さんは、スクリーンヒーローが鹿戸先生の厩舎に移る前の、矢野進先生の厩舎にいた時から担当されていたんですよね？
寺：そうそう。2歳で厩舎に来た時からね。足掛け4年の付き合いになるけど、中間でケガがあって休んでいたから、一年近いブランクはあったけれども。良い時は短くて、苦しい時は長いからね、この社会は。
高：厩務員生活のベテランでいらっしゃいます寺本さんにとっても、スクリーンヒーローの担当をされた事は、本当に素晴らしい経験だったんじゃないですか？
寺：本当に貴重な素晴らしい経験をさせてもらって、担当させていただいた事に感謝の気持ちで一杯ですね。この社会で働く仲間たちや大勢のファンから注目されてね。何か、現実なんだけど、夢を見ていたような気持ちもありますよね。去年のような最高の年もなかなか無いし、良い夢を見させてもらって。本当に、この社会で何千人も働いている中でも、ひと握りの人しか見れないような夢を見させてもらって、言葉に表せられないくらいの感謝ですね。それに尽きますね。
高：ジャパンカップを勝ったんですもんね。
寺：ジャパンカップはヨーロッパでも放映されたらしいからね。ミルコが「外国の関係者から『スクリーンヒーローっていう馬はそんなに強いのか？』って聞かれた」と言っていた事がありましたけど、世界でも注目されるような馬と接する事が出来て…。本当は今年も「海外に」っていう話もあって、夢は大きく持っていたんだけどね。それだけの期待に応えられなかったっていうのもね…。この秋も3戦の予定で、有馬記念までっていう目標もあったんだけどね。ファンの皆さん、また社台ファーム、馬主さんに申し訳ない事をしたという気持ちです。でも、応援してくれたたくさんの人に感謝しています。有馬記念の人気投票でもたくさん投票してもらって。
高：最終的には7万4485票が集まりました。引退表明が無ければもっと伸びていましたよね。でも本当、お別れは寂しいものですよね。
寺：この間の厩舎の忘年会でも、寂しさを隠そうと思って、ハシャいじゃいました（笑）。
高：そうだったんですか（笑）。でも、寂しいという気持ちと同時に、ホッとしたような気持ちもありませんでしたか？
寺：緊張感や責任感といった感情が混ぜ合わさったものが、ずっとありましたからね。どんな担当馬に対しても緊張感と責任感は持ちますけど、やっぱり去年タイトルを取った事もあったし、なお一層、強い緊張感と責任感がありましたからね。
高：周囲からの注目度も高かったでしょうし。
寺：そうね、だからプレッシャーが無かったって言ったら、嘘だよね。顔は笑っていても心は引きつっていて（笑）。
高：アハハ（笑）。ちなみに今、スクリーンヒーローと過ごした日々を思い返すと、どんな事が思い出されますか？
寺：結構、ヤンチャな馬だったからね。かじられた事もあったし。まあ、跨っていて落とされた事だけは無かったけれども、ヒヤッとした場面は何回かあったからね。でも、厩舎からレースに向かう時は、また戻って来るんだぞっていう気持ちだったんだけどね……。………、ゴメンね、思い出しちゃって…。
高：…大きな存在だったんですもんね。
寺：そう、家族と一緒だもんね。この社会で長く働いていると、みんな経験する事だけど…。ほら、レース中のケガで、そのまま眠らせてしまう事もある社会ですから。
高：そうですよね。
寺：その中で、種牡馬になれたのは本当に喜ばしい事だよね。定年後でも競馬を見る時の楽しさが違うからね。生きがいを作ってくれるというか「どこかでヒーローの子供が走っているんじゃないか」って、張り合いになりますから。だから、寂しい気持ちが半分、というか、半分以上あるけれども、そういう面では幸せだったなって。この社会では大勢の方が働いているけど、そういう馬に巡り会う事はなかなか無いわけだから。
高：そうですね。
寺：あとは子供たちに夢を託して。走ってくれる子供を作れるように頑張って欲しいね。種牡馬になっても、競争はより一層激しいわけだから。結果が出ないと、種牡馬だって淘汰されてしまいますからね。長く種牡馬生活を続けてくれるように、期待するしかないですね。
高：ヒーローの子供を寺本さんが担当されるのを見たいですけどね。
寺：それが残念なんだよね、定年まであと3年しかないから（笑）。自分もね、ヒーローが現役を続けていれば、僕が定年の頃には8歳になるから、ちょうど一緒に引退出来るかなっていう気持ちもあったんだけどね…。まあ、それは僕の勝手な考えなんだけど、そういう気持ちもあったから、そこが一番辛いところだよね。
高：そうだったんですか。
寺：かと言って、今回ヒーローと一緒に引退という訳にもいかないですから。出会いもあれば別れもある事だし。次の夢に続く形でのお別れだから、それもプラス思考で良い方に考えなきゃね。後ろ髪を引かれるって言っても、僕には引かれる後ろ髪も無いからね、ツルっとしてるから（笑）。
高：ツルッとされて（笑）。そうですね、また新しい出会いがありますもんね。
寺：だから気持ちのスイッチを切り替えて、もうひと花咲かせられるような馬に出会って頑張らなくちゃ。この社会に勤めている以上は、体の動く限りやり続けるしかないね。ヒーローが次の舞台で頑張るんだから、自分もスイッチを切り替えなきゃ。良かった思い出や経験を肥やしにして、ヒーローから教えてもらった事を肥やしにして。もう、日々勉強というか、限りない努力というか、あのドラマの「働きマン」みたいなものだよね（笑）。昨日、ちょうどテレビを観ていたら放送されていて「これしかないな」と、改めて思ったよ。
高：そうなんですか。ちなみに今、担当されていらっしゃるプロポーズはどんな馬ですか？
寺：この馬もちょっと気難しい子でね（笑）。尾っぽフリフリで、気が強いんですよ。だから、その気の強さが良い方向に出てくれれば面白いんじゃないかな、という風に思うけどね。ヒーローにプロポーズ出来るような女性になっていってくれればいいな、と（笑）。そういう夢も、我々にはありますからね。そういうのも楽しみだし、オジサンは頑張らなくちゃ（笑）。
高：立ち止まっている暇は無い、という感じですね。
寺：そう、一服して気を緩めるというのが欲しいような気もするけど、それがあってはいけないのかもしれないね。いつまでも緊張感を持っていた方が時間が経つのも早いし。本当に今年は一年、あっという間だったね。おかげさまで、デリキットピースもG1（オークス・秋華賞）に出走する事が出来たし。
高：担当馬2頭がG1に出走するなんて、なかなか無いですよね。
寺：はい。成績はさておいても、G1に出るだけでも大変だし、一生に一度あるかないかだからね。本当に厩務員冥利に尽きる、という、その一言しかないね。こうやってみんなに応援してもらってさ。パドックの応援幕も、ヒーローだけじゃなく、リメンバーだとかデリキットの幕を出してくれる方もいるし。担当馬に対して、応援幕を作ってくれるっていうのは嬉しいですよね。そういうのが一番嬉しい事なんですよ。本当に馬が好きで、夢を追いかけてくれる人たちっていうのは有難いものですよ。
高：なるほど。
寺：自分の知っている人には、ヒーローの祖母のダイナアクトレスから続いて、伯父さんのステージチャンプとかも応援してくれている方がいますよ。「アクトレスの孫だから」とか、そういうので長く応援してくれている人がいるからね。ヒーローの兄弟も応援してくれて夢を追いかけてくれている方もいるから、そういう面ではヒーローが種牡馬になってくれた事は良かったなあ、と思いますね。そういう意味では安堵の気持ちはありますよ。
高：その血統を追いかけていらっしゃるファンの方もいらっしゃいますもんね。
寺：本当に応援していただいて有難いですよ。中には馬だけじゃなくて、私の名前を入れてくれている応援幕まであったりして。
高：寺本さんに固定ファンが付いていらっしゃるんですよ。
寺：いやいや、私なんか…（笑）。もっと男前ならたくさんのファンも付くかもしれないけど、こんな三枚目ではね（笑）。でも、本当に有難い事ですね。嬉しくて、逆立ちして歩きたいくらいです（笑）。
高：逆立ち（笑）！
寺：ヒーローが頑張ってくれたおかげで、摩衣ちゃんにも出会えたし（笑）。
高：いやいや、私なんて…（笑）。これからもお邪魔させてください。
寺：スタンドで会っても「どちら様でしたっけ？」なんて言われたりして（笑）。「こんなヘンなオジサン、知らない」なんて。
高：そんな事ないですよ（笑）。寺本さんもこれからも休む間も無くお仕事を続けられますね。
寺：気持ちのスイッチを切り替えてね。ケガの無いように、毛は無いけど（笑）。頑張らなきゃ、と思っています。応援してもらっているのが一番嬉しい事ですから。僕の頭が薄いから、みんなハゲ増し（励まし）てくれるのかなあって（笑）。「ヒデオ、感激」って、ちょっと古かったかな（笑）？
高：アハハ（笑）。では最後にスクリーンヒーローを応援してくださったファンの方たちにメッセージをお願いします。
寺：長い間というか、長いようで短かったかもしれないけどね…。本当に応援していただいて心より感謝申し上げます。あとは、言葉にしようと思っても上手く出てきませんが、たくさんのファンの皆様には、本当に本当に、ありがとうございましたという気持ちで一杯です。今後はヒーローの子供たちを応援してあげてください。あと、ヒーローの兄弟やいとこ、叔母さん（ベストロケーション）もまだ現役で頑張っていますから、その馬たちも併せて応援してください。あと、鹿戸雄一厩舎のお馬さんたちも、今後ともよろしくお願いいたします。
高：寺本さん、ありがとうございました。
寺：ありがとうございました。摩衣ちゃん、良いお年を。また来てね。
高：はい（笑）。これからもよろしくお願いします。
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厩務員生活31年目のベテラン。矢野進厩舎時代に担当したダイナマインで1984年新潟記念を制し初の重賞勝ち。その後、ダイナマインの子供であり、障害で名を馳せたブロードマインドも担当する。矢野進調教師の定年による厩舎解散により、08年から鹿戸雄一厩舎に所属。08年アルゼンチン共和国杯と08年ジャパンカップの優勝馬スクリーンヒーロー号を、矢野厩舎時代から担当した。 |
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■出演番組
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2006年から2008年までの2年間、JRA「ターフトピックス」美浦担当リポーターを務める。明るい笑顔と元気なキャラクターでトレセン関係者の人気も高い。2009年より、競馬ラボでインタビュアーとして活動をスタート。いじられやすいキャラを生かして、関係者の本音を引き出す。 |
