【祝】2009年民放競馬記者クラブ賞を受賞
2010/1/8(金)
丸山元気騎手×高橋摩衣
高:2010年最初のゲストは、2009年民放競馬記者クラブ賞を受賞した丸山元気騎手です。よろしくお願いします。
丸:よろしくお願いします。
高:受賞おめでとうございます。
丸:ありがとうございます。
高:昨年一年間の結果を振り返っていかがですか?
丸:そうですね、素晴らしい賞をいただいた事は嬉しいですけど、8勝という結果には正直、満足はしていません。たくさんのチャンスをいただきましたから、もっと結果を残したかったです。
高:09年の騎乗数は全部で292回ですね。
丸:たくさん乗せていただきました。先輩たちもデビュー年はそれほどたくさん乗れなかったケースが多いので、僕は本当に恵まれていると思います。これも師匠(根本康広調教師)の人柄のおかげです。
高:師匠のサポートを受けて。根本先生の他に、大きな影響を受けた方はいらっしゃいますか?
丸:やっぱり父ですね。僕の中で、馬に関しての日本一は父ですから。中央でも乗って勝っていますし、父のおかげで僕を知ってくれている調教師さんもいらっしゃいますから、父の顔に泥を塗るようなまねは出来ないな、と思います。
高:そう思うほどお父さんの影響は大きいんですね。身近なところで影響を受けている先輩はいらっしゃいますか?
丸:うーん、僕は勉強することばかりですから、多くの先輩から良いところを吸収したいと思っているので一人に決めるのは難しいですけど、松岡さんに憧れますね。
高:松岡騎手のどんなところに憧れるんですか?
丸:普段の時と競馬の時のギャップがいいんですよね。普段は穏やかで面白いのに、競馬になると凄く激しい面があって。最後まで馬を必死で追うところも勉強になります。僕がデビューする時に、靴と鞍をプレゼントしてもらったりお世話になっています。
高:面倒見がいいんですね。普段は穏やかで面白い、というところは丸山騎手も同じですね(笑)。
丸:そうですか(笑)。確かに僕は滅多な事ではキレません。
高:本当ですか?何か顔が笑っているような…(笑)。
丸:こういう顔なんです(笑)。
高:じゃあ丸山騎手は穏やか、という事で。ところで、丸山騎手が騎手になろうと思ったのはいつ頃なんですか?
丸:これ、言ってもなかなか信じてもらえないかも知れないですけど、幼稚園の頃から思っていました。
高:それは早いですね。
丸:僕のおじいちゃんも調教師をやっていて、そこで馬に乗せてもらったりしていたんですよ。レースも見ていましたしね。
高:ああ、子供の頃から馬が身近だったんですもんね。高崎競馬を見て育って来て、高崎競馬で騎手をやりたいという気持ちはありませんでしたか?
丸:はい、だから僕は最初、地方の騎手になろうと思っていたんです。でも、地方競馬が厳しい状況になって来た事もあって、周りの人から「中央に行った方がいい」というアドバイスを受けまして。実際、僕が中学2年の時に高崎競馬は廃止になってしまいましたから。あの時、初めて父が泣いているところを見ましたよ…。
高:…残念ですよね。
丸:もうああいう経験はしたくないです。
高:中央競馬に進んで、中央と高崎の違いを感じる点はどういうところになりますか?
丸:施設や管理体制の違いは感じました。中央では調教の合間に何度かハロー掛けをしますけど、高崎ではありませんでしたから。厩舎も広くてビックリしました。あとは、馬の力も。
高:馬の力、ですか。
丸:やっぱり中央の馬は血統も良いですし、馬の素質が高いです。
高:なるほど。そしてついに昨年3月、中央のジョッキーとしてデビュー戦を迎えたわけですが、その時はどうでしたか?
丸:緊張していたわけではないですけど、もう、あっという間に終わってしまいましたね。レース前には、位置取りの事とか考えていましたけど、スタートしたらそれどころじゃなくて、気づいたらゴールが来ちゃったという感じでした。
高:何もする事が出来ず。
丸:終わってしまいました(笑)。
高:初めてのレースはそれだけ違うんでしょうね。初勝利は7月ですね。
丸:ちょっと時間がかかってしまいました。
高:初勝利をあげるまでの期間は、辛さもあったと思いますが。
丸:焦りが無かった、とは言えないですね。「減量なんだし、もっと積極的なレースをしろ」と言われていたんですけど、全然消極的なレースばかりで。頭では積極的に乗らなきゃ、と思っているのに、体がついていかないんですよ。出ムチも入れられないくらいでしたから。自分にイライラするというか…悔しかったですね。
高:自分が考えているようなレースが出来なくて。
丸:はい。でも、根本先生や父や周りの方たちから「勝つことは簡単じゃない」とか「焦らなくても大丈夫」と言ってもらえていたので、そういったアドバイスが支えになりました。
高:そうやって言ってもらえると心強いですよね。初勝利まで時間がかかった事で喜びもより大きかったんじゃないですか?
丸:そうですね、少しウルッと来ました。
高:その後は結構良いペースで勝っていますけど、何か変わったなと思える点はありますか?
丸:うーん、技術的にはまだまだですけど、レースで勝てた事で自信を持って、思い切って乗れるようにはなって来たと思います。周りからも「積極的になってきた」と言ってもらえるようになりました。
高:それは嬉しいですよね。デビュー2年目になりますが、今年の目標は決めていらっしゃいますか?
丸:やっぱりひとつでも多く勝つことです。減量期間中に自力で減量を取りたいと思っているので。今年が一番大事だと思っています。減量が取れてからもやっていける力を付けたいですね。
高:なるほど。それではそろそろお時間になりますので、最後に仕事をする上で気を付けている点を教えてください。
丸:人付き合いですね。やっぱりせっかく苦労して仕上げた馬に、失礼な態度をとる騎手を乗せたくはないですよね?だから挨拶など基本的な事もキチッとして、仕事の時はしっかりと、プライベートの時はとことん楽しんで。メリハリのついた人付き合いをしないといけないなと思います。
高:誰を乗せるか、決めるのは人ですもんね。
丸:はい。騎手は乗せてもらえないと何も始まらないですからね。関係者の方から「元気に乗せてあげよう」と思ってもらえれば嬉しいです。
高:丸山騎手は明るくて面白いですから、皆さんから可愛がられると思いますよ。
丸:ありがとうございます(笑)。
高:思っていたより真面目な面が分かって意外でした。
丸:そんなに最初のイメージが悪かったんですか(笑)?
高:何か…いつもニヤニヤしているイメージがあったので(笑)。
丸:ニヤニヤって…、いつも穏やかに笑っているだけですよ(笑)。
高:ニヤニヤは表現が良くなかったですね(笑)。穏やかな笑顔、ですね。では、今年も活躍を期待しています。ありがとうございました。
丸:ありがとうございました。
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デビュー年に8勝をあげ、民放競馬記者クラブ賞(関東新人騎手賞)を受賞する。父は高崎競馬でジョッキーをしていた丸山候彦氏、祖父も調教師という競馬一家で育った。積極的なレースが出来るようになり、関係者からの評判も上がっている若手の注目株。 |
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■出演番組
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2006年から2008年までの2年間、JRA「ターフトピックス」美浦担当リポーターを務める。明るい笑顔と元気なキャラクターでトレセン関係者の人気も高い。2009年より、競馬ラボでインタビュアーとして活動をスタート。いじられやすいキャラを生かして、関係者の本音を引き出す。 |