水:今度は「栗東滞在※」について、伺いたいと思います。昨今は「栗東留学」ということで、話題になりましたが、あれなんかはマスコミが大して意味もなく書いた言葉だったのに、当事者(トレセン関係者)がデリケートに反応されたひとつの例だと思います
先生は向こうのGIを使う時は、栗東に滞在する方針をとってらっしゃいますが、どのようなポリシーからなのでしょうか?

関西で行われるレースの数週前に栗東入りし、主に直前の長距離輸送を避けることで、関西圏のレースに挑む際のデメリットを軽減するために行っているもの。近年では、小島茂之厩舎や、国枝栄厩舎(昨年のアパパネなど)がこのケースでビッグレースを制している。なお、マスコミがそれを「栗東留学」と称した事で、一部のトレセン関係者から反発が起きた】

小:栗東に滞在して調整するというのは昔からありました。栗東トレセンがない時代に関西に滞在する時は、阪神や京都の厩舎などに滞在して、向こうの人に調教をやってもらっていたそうです。もともとのキッカケは、自分が調教助手の時に関西に行っていたので、それが全く違和感のない、普通の事だなと。実際にその方が調整しやすいんです。そんな中で、一番の違いはアプローチの利便性なんですよね。

水:アプローチ?

小:馬場へのアプローチという意味です。美浦は北と南だけど、栗東だと逍遥馬道があってどこからでも入れる。つまり馬の出入りが多いということです。だから我々が関東から関西に行くと、危ないと感じる環境の場所があるんです。
例えば、栗東坂路のゴールは止めるところが長いんですけれど、そこで終わらずに馬道まで続いているんですよね。「これ、美浦だったらルールを作って、直されているだろうな」という所も、関西では割とアバウトなままにしてあるんです。最初、僕も「危ないな」と思ったんですが「関西に来たんだから黙ってやるしかないな」と。それに慣れてくると、「この良い意味で雑な環境で鍛えられていることが、関西馬の強さかな」と思い始めたんです。
美浦は坂路ができたときに相互通行だった場所があったんですけれど「そっちから来たら危ないぞ」って声が出て、いつからか片側通行になって…。ところが栗東はどちらでもOKなんですよ。それこそ、調教助手で行っていたころは「関東馬が下から歩いてくるからじゃまくさい」なんて言われた時期もあって。それをみると、色々な環境に対応できる状況が、自然にできているなと思ったんですよね。なので、栗東に行くと人も馬も精神的にも鍛えられるんですよ。

水:子供を育てる環境と似ていますよね。あんまり過保護すぎても駄目というか。すると、設備の良し悪しもさる事ながら、環境を作り出す人間の生活や気質が表れていると。

小:そうですね。こういう事を言ったら、関西の人に悪いけれども「関東の人の方が仕事をする」って、それこそ北海道出張の時には栗東の人からも言われるし、誰もが口を揃えて言うんですよ。関西にももちろん手をかける人は多いですが、基本的には馬のままにやるのが関西気質かなぁと思うんですよね。関東はキチキチっと、真面目さ几帳面さが出るというか。だから細かいルールができたのかなと思いますね。

水:以前にも「関東は何をするにもルールありきで動かされるので、やりづらい部分はある」と仰ってましたね。そうゆう部分でジワジワと差がついてきたと。

小:海外に行くじゃないですか。アイルランドなんかだと、調教場に羊が戯れているんですよ。馬場に羊の親子が寝そべっていて、そこに走って突っ込んでいかなければいけない。それが当たり前の環境ということですよね。僕が海外で乗った時も、馬が羊を見て、驚いて放馬して。でも、誰も怒らないんですよ。そういう所でやるしかない。それが当たり前だと思っているから。
気が付いたら我々はルールに縛られ過ぎてるんですよね。「あそこはこうで危ないけれど、関西ではそういう話って出ないの?」って聞いても、「危ないけれど、乗り手がしっかりすればいいんや」と。「危ないと思う奴は、もっと馬が少ない時間帯に乗ればええやろ」って思うみたいですし。
関東でポリトラックができた時も「初日に落馬があったから危ない」って話で、外のダートコース出入り口が片側からしか行けないルールができたんですよね。人や馬が怪我をすることは避けなくてはならないけれども、そこまで規制する必要はあるかなとは思いますね。

水:ルールを作りすぎると、自分で考えることをしなくなるというか・・・競馬に限らず確かにそういう面はある気がしますね。結局、何のためのルールであるのかと。

小:馬ってもちろん手をかけてあげないといけないけれど、海外のトップ厩舎にいっても、凄くいい加減な部分があるんですよ。脚が汚かったりとか、2000ギニーを勝った馬をみせてもらっても、皮膚病をそのまま放っておいたりとか。冬毛も伸び放題だったり。海外って、体を冷やすことを嫌うので、年中、馬服を着せてるんですよ。汗かいているから、後で着せた方がいいんじゃないかといっても「大丈夫、大丈夫」って感じですよ。アバウトさと細やかさとのバランスが良いというか。馬を扱う気質として、合っているのかなと思いますね。

水:そうすると、関西の方と、外国の方の気質は共通する部分があるという事ですね。

小:そうですね。だから、真面目な人が海外に行くとがっかりする事が多いんですよ。最近でこそ言われなくなりましたが、パドックで馬主さんと話していると「運動時間が短いんだろ」とか、「関西に比べて仕事をしない」って、よく言われたんですよ。僕はそれが悔しいから「違うんですよ。施設面で違いがあったりするんですよ」と、秋華賞を勝った時にアピールしたくて言ったんだけれども、逆の捉え方をされて、「施設の良い関西に預ければいいんだ」みたいな話になっちゃって。それで嫌な思いをした方も実際にいたようです。

水:「関東に馬が入らなくなるだろ」と仰る方もいたそうですね。

小:でも僕は「じゃあ、どうやったら関西馬に勝てるんですか?」と言いたいですね。負け続けて十数年が経ち、今までもいい加減にやってきたわけでなく、一生懸命やってきて、勝ててないわけじゃないですか。いつまで経っても関西を追い越せない。じゃあ、もっと東の環境を変えていこうよ、と。国枝先生がいうように、坂路を改造するとか、いじれるようにできる部分を意見して変えてもらうとか。そして僕や国枝先生が向こうにいって結果を出したことに対する逆の効果としての関東人の怒りというか、エネルギーが今の成績に繋がっている気はしますね。少し自分が嫌われ役になったかもしれませんけれど。

水:関東でそういった考えをお持ちの方が、結果を出してきているというわけですよね。小島先生の考えの正しさが証明されてきている気はしますね。

小:もうひとつは、やれ海外研修だという割には、なんでもっと近い栗東を見に行かないんですか?と思うんですよね。新規調教師は、関東だと藤沢先生、関西だと角居先生のところに研修しに行くことが多いんですけれどもね。やっぱり、日本の中で見れば関西に負けているのは事実ですから。関西の方が良い馬が入るから勝てないなんて言ってたら、情けないですからね。馬主さんが関西にいい馬を預けるというなら、負けないように努力して認めてもらって、関東に目を向けさせるようにしないといけないと思うし。

水:関東人気質、関西人気質という事だけでは括れないと思うんですけれど、なぜ、関東人は足の引っ張り合いというか、突出しようと思うものに、蓋をしてしまうんだと思いますか?

小:真面目であるが故だと思いますね。それぞれが一生懸命であるが故に、うまく噛み合わなくなってしまう時がある気がします。関東、関西の気質の差ということで、僕は担当者に言うんですけれど「真面目なのも良いけど、競走馬が頑張って走ってきて、君らがピリピリしていたら、馬の休まるところがないでしょ。ホッとする場所を作ってあげること、それも仕事だよ」と話したことがあります。関西の人は馬によく喋りかけてますよね。馬相手に一人で漫才やっているような(笑)。そういうところも馬に向いていると思いますし。

水:扱う対象が生き物ですからね。昔でいえば、スタネーラが厩舎の回りで引き運動だけをして「日本の月はきれいだね」なんて厩務員が話しかけていたという話がありました。凄く状態が悪かったのに、リラックスできてジャパンカップ(※)を勝ってしまった事もありましたからね。

83年のジャパンCに来日したアイルランドのスタネーラは、遠征で体調を崩しとても勝負にならないと言われていた。しかし厩務員が日夜馬に話しかけながら延々と厩舎回りを散歩することで体をほぐし、見事勝利を収めた。馬と寸暇を惜しんで夜中でも歩き続ける姿は多くの関係者の目に留まり、感動を呼んだ】

小:最後は気持ちだと思うんですよね。嫌々でやる仕事と「こうしたら良いんじゃないか?」と投げかけて、本人の意思で動くのとは全然違うと思いますから。例えば僕らが家に帰って奥さんに「ちゃんと仕事してきたの?」って怖い顔で言われたら、イヤになってしまうでしょ?(笑)。お母さんや、奥さんがいつも笑顔でいてくれると助けられますよね。だから、どこかで馬が息抜ける環境というかね。最初は大変かもしれないけど、それを当たり前だと思えば、特になんていうこともなくなりますよね。