もっと熱いレースを!
2011/8/28(日)
水:調教師の方はレースに送り出すまでが仕事で、あとはまたゴールしてからの世話ということになるわけですけれど。問題は先生の手を離れるレース中において、最近凄く思うことがあって・・・・。
これは調教師というより先生個人の意見として伺うことになるかもしれないですけれど、近年最後まで死力を尽くして追わない騎手が目立つように思うんです。ファンからしてみたらたまったもんじゃない。騎手にしか分からない感覚や、手応えで前を抜けないことが分かっているから、馬に疲労を残さないためにそうするなどの理由はあるのかもしれないけれど、際どい着差でも平気で尻を上げる騎手もたまにいます。
小:僕が思うのは、馬も人間も「気」ってレース中に出ているんですよね。目に見えない領分の話ですけれど。
昔は言葉は悪いですが偏屈な騎手がいて「あの馬・あの騎手には負けたくない」というような部分があって、面白味、野性味があったというか。例えば、プロレスもショーの要素はあるけれども、どこかで本当に力がある人達が、暗黙のルールを守りながら真剣勝負をしていたから血も流していたし、凄い怖さとかドキドキ感みたいなものがあったと思うんですよね。まあそれは極端ですが、もっと闘志溢れるレースを見たい、という意見は頷けますね。
レースだけでなく調教のレベルでも「この馬はなんとかしてやってやらなきゃ」と思ってやっているのと、なんとなくやっているのじゃデキが違うんですよ。馬に気が注入されるって言ったら言い過ぎだけれども。
水:そうした部分とラフプレーというのは、また違う話ですからね。
小:以前中山で行われたジャパンカップの時なんか、ファルブラヴとサラファンがスゴイ叩き合いをしたじゃないですか?あれって、横でしか見てない映像だけれども、縦(正面)でみたら、バンバンぶつかっていて。だけれど、横でしか観てない映像でも、凄さが伝わってきたじゃないですか。
懸命に競り合っているはずのゴール前で横をチラッとみたりするのって締まりのない終わり方だと思うんですよね。昔のジョッキーって、少々追う姿勢が乱れてることがあっても、一生懸命さが伝わってきましたからね。南井さんだとか、柴田政人さんだとか。「いや~スッゲーな。オレの代わりに追ってくれたな」みたいなね。そういう部分って、必要だと思うんですよね。
水:どのレースもそこまで乗ったら、実際は馬も騎手も精神力が続かないとは思うんですよ。でもファンにしたら、どのレースもお金を出しているから、最後まで追う・追わないはとても大事。ハズレるのは仕方ないけど、ハズレても納得させてくれるレースを見せてほしい。それが最大のファンサービスだってことをもっと分かってほしい。最近は不利を受けて、力を出せないまま終わっちゃったなというレースが多い気もするのでなおさらです。人気回復の1つの大きなポイントだと思うんですよ。見る側の満足感を満たすというのは、とても大事なことです。
で、その「不利を受ける」という点について更に言うと、最近、特に芝コースで不利を受けるシーンが多いような気がしてならない。僕個人の意見としては、インに集まらないとどうしようもない馬場を造っているからじゃないかなと。先生はレースを観ていて、お感じになることはありますか?
小:意図的じゃないとは思いたいんだけれども、例えばエリザベス女王杯の時に、えらい馬場が緩かったって話があって。それこそ(海外から来た)スノーフェアリーとの兼ね合いで、「意図的にやったんじゃないか?」という話も出てしまうくらいで…。で、次の週は高速馬場になっていたとか。真偽は定かでないとしても、もし本当ならそれは馬場を守るプロとして、やってはいけない事だと思うんですよね。どうしても、移動柵があったり開幕週だったりで、不利だ有利だというのが出てくるのはしょうがないかもしれないけれど、それを調整するのが大事だろうし。
日本はひと開催が8日間って基本線としては決まっているじゃないですか。でも、海外だと(開催を)2・3日で切り上げたり、5日だったりと、一定でない。例えばそういう方向で馬場を保護することはできないのかなと思いますよね。
これも意図的じゃないと思いたいんですけれど、開催が進めば外差しが利いてくるはずなのに、東京でいつまで経っても外差しが利かない時があって。観ているとコースの外へ行けば行くほど、産毛みたいな長い芝が生えているんですよ。「これじゃあ馬も走りにくいなぁ」と思ったりもするので。それこそ香港にクィーンスプマンテで行った時に分かったんですが、香港では直線の内の芝目が逆になっていたりするんです。
水:それは芝目を逆にすることで、コースの内を通る馬には走り辛くなっているわけですね。コースロスがなくて距離は得するけれど、走りづらいから敢えて外へ進路をとる騎手もいて、馬場を広く使った攻防が見られるという事ですね。
結局、観ている人にすれば横一線が一番面白いわけで「俺が馬券を持っている馬にもまだチャンスがあるぞ」って思えますし。それが4コーナー、ひどい時はレースの半分くらいで、もう勝負にならないって事になってしまうと、購入意欲に物凄く影響すると思うんですよね。
小::レース自体が昔に比べると迫力がないですよね。人気になっている馬がポンポンと前にいって、それでスローに落としたら、負けるわけないよなって。馬場の問題だけじゃなくて、ペースの事もそうだけれども、昔は「今日のレース、あの叩き合いは凄かったよな!」って帰りの電車でその話ばっかりしてしまうようなレースがあったと思うんですけれども、それがいま(馬券を)獲った獲らないくらいの話しかできないというのは…。
水:いま、凄かったよねって話せるレースが殆どGIだけで。しかも、普段ヌルいレースばかりしているから、本番で一世一代のレースをした馬がことごとく故障してしまうんですよね。次にレースが繋がっていかないから、物語も分断されてしまうし。
ある意味、横一線(のレースになるような)の馬場を造れというのも、意図的な馬場造りなんですけれども、意図的の方向がファン目線かどうかというのは大きな違いだと思います。
あとこれは馬場を管理する人に直接伺った話なんですが、内から外まで均質な馬場じゃないといけないというような発想があるんですよね。たしかに内から外まで均質でその意味では公平なんだけれども、それはつまりいつまでたっても、内を通った者勝ちという意味で、実際は公平ではない。必然的に内に馬が集まるし、観てて不利を受けるシーンがとにかく多くなるわけです。広い東京でも内から4~5頭分しか使っていないことって、多いじゃないですか。何のためのデカイ競馬場なんだろうと。あれもけっこうレースを白けさせちゃうなという気はしてますね。
なんでこんな事を言い出したかというと、キングカメハメハが勝ったダービーの時。マイネルマクロスがハイペースで逃げたところに、コスモバルクが強引に絡んでいって、スリリングな展開になって。直線でハイアーゲームがバルクを捕まえて勝ちに行ったところを、キングカメハメハが捩じ伏せて、そこにハーツクライが大外から突っ込んでき
て・・・・と。あの時のダービーって、最後は馬場の内外に大きく広がって、物凄く迫力あるレースだったと思うんですよ。いまだに記者にも名勝負に挙げる人が多い。
しかし何年かあとに、馬場造園課に別の件で取材をした時に、馬場を造った失敗例として、あの年のダービーの馬場を挙げていたんですよ。そこで全然意識が違うなって思ったんですよね。
小:何が失敗だったんですか?
水:それはまず、内外の均質化がなされてなかったと。内のボコボコが酷過ぎてそれが非常に心残りだったと。確かにあのレースはレース後に2頭の故障が判明して、それは反省点として挙げても仕方ないと思うんですけれども・・・・。あとは、あのダービーの前に物凄い時計が出る馬場になってしまったと。敢えてそうしたわけではなくて、気象条件とか、色々な要因があったのだけれども、グリップの利きすぎる馬場にしてしまったと。グリップの利きすぎる馬場というのは、時計が出過ぎるので、それを緩和すべきだったと言っていたんですよね。
そうするためにはどうするかというと、掘れにくい馬場を作るために芝の質を変えないといけないと。それが結局、芝茎の堅いエクイターフの導入に繋がったのではないかと私は勘ぐっているのですけれども。
単純に時計が出過ぎると叩かれていますけど、もちろん時計が出過ぎる事も造園課は良いとは思っていない。じゃあどうするか?となったら、グリップの利きにくい馬場を造った方がいいと。それが掘れない馬場となり、芝が均質化されてしまったわけで、またそれが逆に時計の出る馬場に繋がっているという皮肉な現象も起きてます。
向こうは馬場を造るプロですから、専門的な発想があると思うんですけれど、そこで色々な刷り合わせをやっていって、先生が言っていたようないい意味でのアバウトさを入れてくれないと、観ていて本当に面白くないですよね。
小:地方に行くと内から2頭分は砂が深いとかありますもんね。どういう意図でやっているかは知りませんけれど、色々あっていいと思うんですよね。ヨーロッパなんかに行くと、表面的には綺麗だけれども、もっと馬場が汚いですからね。だから走っていて、スッと脚が抜けるって言いますよ。平坦だと思っていたら脚が沈んだり。それで日本から行った馬はヘナっとなっちゃうとも言いますからね。外国人ジョッキーなんかはそうですけれど、朝から馬場を歩いて、コースの状況なんかを確認したりね。
水:水撒いたり、砂撒いたりというのはねぇ…。砂撒きに関しては、なぜか頑として発表してくれないし。
小:コースに緑色の砂を撒いていますからね(笑)。
水:あれは明らかに時計をとっていると変わって来るんだけれども、「レースには影響がない」として発表しないんですよね。
小:馬場の事を考えると、さっき言った4日くらいで転々とする事もありだと思うんですけれどね。中山の皐月賞だって回避したいって馬が増えてきているじゃないですか。皐月賞のトライアルになる弥生賞やスプリングSの時に中山をやって、そのあとは東京に行って、また中山に戻って皐月賞をやるとか。その方が故障する馬も減るでしょうし。僕らが口で言うほど簡単じゃないとは想像はつくんですけれども、そこらへんは柔軟にね…。
水:特に関西の先生が中山には神経質ですよね。
小:やっぱり、春の中山は(雨も多いので)馬場が悪い気がしますね。ダービーは獲りたいですから、わざわざダービーを勝つ可能性のある馬を、中山で走らせたくないというかね。
水:皐月賞で強い勝ち方をした馬って、のちに名馬になる事が多いんですけれどね。どうも嫌われている面はありますよね。考えてみると、一番寒い12月・1月と連続開催して、1回東京に行って4週だけ空けて、また8週の連続開催を中山でやって、最終週に皐月賞ということで、5ヶ月の内に4ヶ月使うわけですから、いくら冬場の1回中山では芝のレース数を制限しているといっても、当然痛んで来ますよね。そんな関係で昔は年の最初に東京で開催していたのかなあ・・・と思っていたんですが、もう長く中山に固定されていますし。
小:1月は東京開催だったんですか?あんまり記憶ないです。
水:その昔、金杯は東京の名物レースでした。12月が中山開催、1月~2月中旬まで東京で連続開催して、そのあとは中山で。
小:いつ頃から中山で始まることになったんですか?
水:当時は僕も子供だったので詳しくはわからないですけれども。確か、中山で金杯をやるようになったのは、昭和50年代中ごろだったかと…(正しくは昭和55年=1980年)。
小:僕は完全に知らないですね。金杯といったら「中山金杯・京都金杯」ですから。たぶん開催場を移動する時に、なにか移動する事でコストがかかるので、できないのかもしれないですけれど。でも、先ほども言いましたけど、今の8日間開催に縛られない方がいい気がしますね。
水:まあその辺も、先ほど先生がおっしゃった臨機応変さ、アバウトさということに繋がりますよね
。
結局、何が大切かというと、ファンは馬を観に、レースを観に来ているわけで、やっぱりいいレースを提供することが第一なんですよね。全てがそこを向けば、おのずと答えは見えてくるように思います。
小:競馬場って普通では味わえない思いができるじゃないですか。パドックなんかも普段しない匂いがするし、蹄の音もするし・・・。それにあんな広い芝コースもあるし。うちの嫁さんや友達なんかもスタンドから馬場を全面観ると、みんな感動するんですよ。それだけの武器があるのに、上手く使っていないというのは残念です。
やっぱり、お客さまの思いを知る事って、大事ですよね。競馬会は発信ばかりじゃなくて、お客さんが何を求めているんだろうって事を受信しなくちゃだめですよね。我々はまた馬主さんやファンに対して発信しなきゃならないだろうし、少なくても僕はブログやこういった取材を通じて中央競馬の危機と現状を呼びかけていきたいです。
水:いくら時間があっても足りませんね(笑)。今日は貴重なお時間をありがとうございました。益々のご発展を願っております。
小:どうもありがとうございました。
プロフィール
水上 学 Manabu Mizukami
1963年千葉県生まれ。東京大学文学部卒。
エフエム東京のディレクターや、競馬場場内エフエム放送であるターフサウンドステーションの制作構成などを経て、グリーンchの構成作家に。現在は競馬ライター。
初めて見たレースは1971年の日本ダービー。ヒカルイマイの逆転劇と、競馬自体の美しさに感銘を受けて競馬にノメリ込む。
70年代後半から血統に興味を持ち、手製の血統表を作成。以後試行錯誤を重ねつつ現在に至る。
【最新著書】
『実戦血統馬券術シュボババ2nd! 血闘両断!』(ベストセラーズ刊)
【出演】
『土曜競馬中継』(ラジオ日本1422KHZ)
『競馬予想TV!』(フジテレビTWO)
小島 茂之 Shigeyuki Kojima
1968年2月15日生まれ、広島県出身。
美浦トレーニングセンター所属の調教師。
1993年1月に競馬学校・厩務員課程を修了すると、同年7月に嶋田功厩舎の厩務員として配属。
94年、調教助手となり浅野洋一郎厩舎所属に。その後、岩城博俊厩舎へ移籍。02年に調教師試験に合格し、翌年に厩舎を開業。
管理馬が関西圏のレースに出走する際は、事前に栗東入りをさせて、調整を進めるスタイルを頻繁に取り入れ、ブラックエンブレムや、クィーンスプマンテをGI勝利に導いた事でも知られている。
また、自身の管理馬に対してのレポートを綿密に綴った小島茂之厩舎公式ブログ『小島茂之厩舎の本音』を06年12月より継続している。
小島茂之厩舎公式ブログ
『小島茂之厩舎の本音』