競馬界はかつて「西高東低」と言われる時代もあったが、近年は関東馬の活躍が目覚ましい。通説を打ち破る一翼を担ったのが、ノーザンファーム天栄だ。2017年の春もレイデオロが日本ダービー、アエロリットがNHKマイルCを制すなど、G1レースでも勝ち星を増やしてきた。さらにレース直前までトレセンに入厩せず、いわゆる「外厩」で調整される馬が結果を残すという、新たな"常識"もつくった。ノーザンファームの強さの秘訣を、木實谷雄太(きみや・ゆうた)場長に聞いた。

(インタビュー、構成:競馬ラボ・狩野)

4月リニューアルの坂路効果で2歳戦も好調

8月下旬。真夏の日差しが照りつける中、今年4月に改修されたばかりの坂路コースを次々に馬が駆け上がってくる。周回コースでも、レースさながらのスピードで調教が行われていた。ノーザンファーム天栄は2011年10月、現名称に変更されて運用がスタート。現在は7つの厩舎に255の馬房があり、年間を通して常時220~230頭の馬がレースに備えている。既存の施設に手を加え、事務所から見える景色は様変わりしたという。

ノーザンファーム天栄

▲2015年から場長を務めている木實谷雄太氏

木實谷雄太場長(以下、木):変えた部分ばかりですね。坂路もそうですし、厩舎の中の設備もですし、屋根が付いている2つの馬場はノーザンファームになってから造られたものです。コースは砂を入れ替えたり、チップを入れ替えたり、路盤は全部改修しています。常にあっちこっちを工事していて、来年以降には厩舎を増築する計画もあります。まだまだ終わりは見えていないですね。

ノーザンファーム天栄としてスタートして色々な部分で変化してきたわけですが、中でも坂路の改修は成績に直結するという意味では大きいものでした。屋根付きの馬場などはあくまでプラスアルファの部分で、やはり坂路の傾斜がきつくなったということが、天栄の施設の中で一番成績につながる改修だったと感じています。元々は坂路と周回コースが合流する形だったんですけど、最初の改修工事で周回コースと切り離し、独立した形になりました。2回目となった今年4月の改修ではスタート地点から左に曲がっているカーブの角度を緩やかにし、さらに勾配もつけましたので従来の坂路コースに比べてより安全にトレーニングできるコースになったと思います。

ノーザンファーム天栄

▲2017年4月にリニューアルされた坂路コース

ノーザンファーム天栄

▲ウッドチップとダートに分けられた周回コース(上)。屋根付きの角馬場(左下)と周回コース(右下)

今年4月に勾配が約36mへと傾斜がきつくなった坂路での調教の成果は早くも表れた。8月12日のコスモス賞でデビュー2連勝を飾ったステルヴィオ(牡2、美浦・木村厩舎)は、3月末から6月のデビュー戦の前後まで滞在。取材日も函館から戻った直後で英気を養っていた。また、9月2日の札幌2歳S(G3)では、6月の約1カ月間を過ごし、坂路でも乗り込まれていたロックディスタウン(牝2、美浦・二ノ宮厩舎)が快勝した。

木:ステルヴィオは良い意味で相手なりという感じなので、特別にガンガンに動くわけではありませんでしたが、2歳馬ながら古馬同様のメニューを平然とこなしていましたよ。3月の末にこっちを経由して美浦に入厩したのですが、その時期に北海道からゴーサインが出るぐらいですので、十分な体力が備わっていたと思います。10月7日のサウジアラビアロイヤルC(G3、東京芝1600m)への出走を予定していますが、更にパフォーマンスを上げられるようしっかりと乗り込んでいきたいと思います。

ロックディスタウンもこちらで調整を始めた直後から年長馬と遜色ない動きを見せていて手応えを感じていました。札幌2歳Sは輸送など負担のかかる参戦となりましたが、しっかりと結果を残してくれてホッとしました。来年のクラシック戦線に向けて賞金を確保できましたし、活躍が楽しみな1頭ですね。

私たちの仕事は、現在トレーニングされている馬たちがトレセンに移動し、最終調整を行ってレースに出走するという流れのため、数字として反映されるのが3~4カ月と少し長いスパンになってしまいます。4月の上旬から新しい坂路コースでトレーニングを始めて4~5カ月経って、数字として表れ始めて、ようやくその効果を感じ出したところですね。

ノーザンファーム天栄

▲デビュー2連勝を飾り、秋へ充電中のステルヴィオ

ノーザンファーム天栄

▲新馬戦、札幌2歳Sと連勝したロックディスタウン

育成段階も含めて調教メニューを試行錯誤

来年のクラシック候補はまだまだいる。8月13日の新馬戦(札幌芝1800m)を快勝したフラットレー(牡2、美浦・藤沢和厩舎)は、レース後にノーザンファーム天栄に移動。10月21日のアイビーS(東京芝1800m)を目標に調整されていた。デビュー戦のパフォーマンスはもちろん、性格面からも期待を寄せる1頭だ。

木:フラットレーを天栄で調整するのは今回が初めてですけど、本当に前向きな馬ですね。レイデオロ(牡3、美浦・藤沢和厩舎)もそうですけど、前向きに走るというのは競馬においては大きな長所ですので、調教やレースに対して悪いイメージを持たせないよう注意しながら進めていきたいと思います。調教中も周囲の状況に左右されるなどまだ精神的に不安定な部分もありますし、肉体面でも体高などまだまだ成長の余地を残している段階だと感じています。血統的に距離は(2400mでも)大丈夫なので、来年のダービーを目指して頑張っていきたいですね。

若駒の育成は北海道でもノウハウが蓄積されて、試行錯誤の中で調整方法を少しずつ変えているのですが、今年は順調に調整が進み、例年になく内地への移動が早くなっています。移動の早さに連動して今年の2歳馬はデビューしている頭数も、勝ち上がっている頭数も多いですね。北海道で育成された約3割の馬がこれまでデビューしましたが、それ以外にもプリモシーン(牝2、美浦・木村厩舎)、サラーブ(牝2、美浦・木村厩舎)、グラマラスライフ(牝2、美浦・田村厩舎)など、素質の高さを感じている馬たちがまだまだいっぱいいますよ。

ノーザンファーム天栄

▲新馬戦を快勝したフラットレー。前向きな性格が長所

「別に“10日競馬”には全くこだわっていません。レースで勝つために牧場あるいはトレセンで調整するのはあくまで手段であって、個々の馬にとって常にベストの方法を探していくことが大事だと思っています」


いまや2歳戦のスタートは6月初旬。北海道から本州への移動も早まり、トレセンへの入厩後もゲート試験を合格したらすぐに戻ってくるケースが増えてきた。時代の流れに対応していく中で、新たなトレンドも生まれた。レースの1週前に入厩する、いわゆる「10日競馬」だ。ここ数年は馬房数20に対して2倍以上の預託頭数を抱えている厩舎も増えてきた。出走回数を増やすためには馬を入れ替える必要があるため、直前入厩にすることで馬房の回転は良くなる。

木:それも理由の1つだと思います。いろいろな取材でよく聞かれるのですが、私たちは別に「10日競馬」には全くこだわっていません。「レースで勝つ」という大きな目的のために牧場で調整する、あるいはトレセンで調整するというのはあくまで手段であって、個々の馬にとって常にベストの方法を探していくことが大事だと思っていますし、今後も変わることはないと思います。

ノーザンファーム天栄

▲「直前入厩」でNHKマイルCを制したアエロリット

このパターンでNHKマイルCを制したのがアエロリット(牝3、美浦・菊沢厩舎)だ。ノーザンファーム天栄にとっては2016年のメジャーエンブレムに続き「直前入厩」での連覇となった。この2頭は桜花賞後にノーザンファーム天栄に戻って調整し、レースの11日前に美浦トレセンに入厩。出走するレースから逆算して調教メニューを組んでいく中で出走間隔や馬によって仕上げ方は違うというが、着実にノウハウが蓄積されてきた。まさに「第二のトレセン」といえる。

木:アエロリットのように短い間隔の場合もあれば、2~3カ月あいている馬もいるので、馬によってケースバイケースというところですね。アエロリットは阪神に輸送してからの競馬だったんですけど、あの馬は使った後の回復力が良いんです。1週間軽めの運動で調整する中でまずはダートコースで少し乗って、大丈夫だなと確認したら坂路で乗って、という感じでした。(入厩が)競馬の10日前ということは1週前追い切りをこっちで消化するイメージですので、菊沢(隆徳)調教師と相談してどの程度の内容にしようかというのを決めました。もちろん先生も見にいらっしゃいましたよ。

ノーザンファーム天栄

在厩する馬はノーザンファームの育成馬が約9割。アエロリットのサンデーレーシングやレイデオロのキャロットファーム、ゼーヴィント(牡4、美浦・木村厩舎)のシルクレーシングなど、一口馬主の「クラブ馬」が半数を占める。数多くの厩舎から馬を預かっているが、細かい指示はないという。信頼されているからこそ、これまでの経験から考え出された方法で仕上げた馬を送り出し、さらに結果を残している。

木:そんなに大きなリクエストが来ることはないですよ。基本的には調教師の先生とも相談しながら、こちらで考えたメニューをやって送り出す形です。注文があるとしたら、厩舎によってというか、馬によるところで「前回少し動けなかったから、もうちょっと乗ってきて」とかくらいですね。詳しいメニューは7人の各厩舎長が決めています。

レイデオロの素顔を公開!外厩情報の開示は?
「馬も人も世界トップレベルに育てる」
ノーザンファーム天栄・木實谷場長 独占インタビュー後編はコチラ⇒