競馬YouTuberとして一躍名を挙げ、各媒体に引っ張りだこの佐藤ワタルが、地方&海外レースを展望。若くして人並み外れた知識量、分析力を披露する。
【天皇賞(春)】クリンチャー「らしさ」なかった阪神大賞典 意外な敗因が判明!
2018/4/26(木)
天皇賞・春に出走予定のクリンチャー
●"事情聴取"の翌日に無念の騎乗停止
東京開催が始まった。まず最初に、書かなければいけない悲しいお知らせがある。
あのおいしかった東京競馬場某所のうどんの麺が変わってしまっていた。あのうどんを楽しみに、それを食べるために東京競馬場へ行っていると言っても過言ではなかった検量室前パトロール隊員は、あまりのショックに翌4月22日(日)の仕事を休んでしまったほどである(社会人として失格)。
そんな4月21日(土)の昼下がり。失意のパトロール隊員の前に、笑みを浮かべながら現れた一人のジョッキーがいた。武豊騎手。説明不要、日本が世界に誇るスーパースターだ。『ユタカ・スマイル』と言われる笑顔で、ジョークを挟みながらの話に幾度となく笑わせていただいている。
今週行われる天皇賞・春で自身3連覇、9度目の勝利が懸かっていたが、残念ながら4月22日(日)の京都8Rで騎乗停止処分が下ってしまった。京都芝長距離で数多くの芸術的手綱捌きを披露してきた名手がクリンチャー(牡4、栗東・宮本厩舎)をどう御してくるかは天皇賞・春(G1)の見所の一つだっただけに、個人的にも残念でならない。
そのクリンチャーだが、前走の阪神大賞典では引っ掛かる素振りを見せていた。この馬らしくない光景に思えたが、それは初めて騎乗した武豊騎手も同じ気持ちだったという。「前走はピリピリしていたね。今まで見ていたこの馬のイメージとは違った。パドックでもチャカチャカしていて、輪乗りでも元気が良すぎて……。そういう面が競馬に出てしまったかな。あまりいいレースできなかった」と前哨戦を振り返る。
ところがこのレース、ただ引っ掛かっただけではなかった。「引っ掛かって折り合いが付かず、1周目でエキサイトしてしまったんだけど、逆にゴール板を過ぎてから、馬がレースが終わったと思ってしまったのか、今度は逆に進んでいかなくなったんだ」という。これは本人も大きな誤算だったよう。「それを考えればよく3着に踏ん張ったと思う。マイナス面といい面と両方感じられたレースだったし、敗因はハッキリしているよ。ペースも速かったから」と収穫アリの表情。それだけに今回、本番で騎乗できない悔しさは推し量れないものがある。
「ペースが速かった」と口にしていたが、実は今年の阪神大賞典は『歴史的ハイペース』だったのだ。前半1000m通過60.1秒は、阪神大賞典史上2番目に速い。歴代最速だったのが2001年、ナリタトップロードが8馬身差で圧勝した年で、その時よりわずか0.3秒遅いだけだった。そんなペースを4番手で追走し3着に粘り込んだクリンチャーの内容は中身の濃い。
過去に天皇賞・春を8勝している名手は、このレースについて「折り合いはもちろん大事。そして、なるべく経済コースを通ることも重要。内枠のほうが競馬しやすいですよ。そして天皇賞・春はスタミナも要求されるけど、スピードも必要です。クリンチャーは菊花賞でいい競馬をしているし、菊花賞の好走馬は天皇賞で強いからね。スタミナレースになるといいと思う」と分析してくれた。
●地方でも炸裂「ユタカ・マジック」
もし「ここ最近で最も鮮やかだった武豊騎手の騎乗レースは?」と聞かれたら、即答で4月18日(水)に行われた東京スプリントを挙げる。南関東競馬を愛する筆者は毎日南関東の各競馬場と戦っているが、あの日の大井は内ラチ沿いが重くなり、内を通った馬たちが軒並み下がっていく馬場だった。
逃げ馬が次々と馬群に沈んでいく中、武豊騎手のグレイスフルリープ(牡8、栗東・橋口慎厩舎)は果敢にハナを奪い、そのまま逃げ切ってみせたのである。よく見ると、向正面と直線で内2頭分を空けて走っており、悪い部分だけ走らせていないのだ。しかも武騎手は水曜日、東京スプリントが初騎乗だった。初めて乗ってこの進路、見ているこちら側は感動すら覚えたものである。
内を空けたのはわざとだったのか確認したところ、「そうだね、内ラチから3頭目くらいが、馬場状態が一番いいところだと思ってね。内ラチ沿いは重そうだったからあえて空けたんだ」と笑顔で、サラっと言ってのける。この方には以前から良くしていただいているが、時々スゴいことをサラっと言ってくるから怖い。「レース前に馬場を歩いたんだよ。向正面も内ラチが重く感じたからね。3頭目くらいが一番いいと思ったし、馬場を選びながら走ったよ。グレイスフルリープは気分良く走ったら強い馬だから」と『ユタカ・マジック』のタネ明かしをするように言葉を続ける。
卓越した技術はもちろんのこと、抜群の観察力もこの方の大きな武器。大舞台で数々の名騎乗を披露し続けられる大きな要因の一つと言ってもいいだろう。そして自身の騎乗についてファンに分かりやすく、面白く解説できるのもまた、武豊騎手が長年、日本競馬の顔である一因ではないか。
惜しくも今回騎乗停止となり、クリンチャー、そして来週のNHKマイルカップで騎乗が予定されていたケイアイノーテックは乗り替わりとなるが、翌週のヴィクトリアマイルにはGI初制覇を狙うリスグラシューが控え、その後に控えるクラシックでも有力馬の騎乗が予定されている。「この春は楽しみな馬が多いね。まだ今年G1を勝っていないから、勝ちたいね」。笑顔を浮かべながら、力強く語ったスーパースターは、再来週からまた春の競馬を盛り上げてくれることだろう。
4月21日、東京競馬場で騎乗した武豊騎手
プロフィール
佐藤ワタル - Wataru Sato
1990年山形県生まれ。アグネスフライトの日本ダービーを偶然テレビで観戦して以降、中学生、高校生、大学生と勉学に勤しむ時期を全て競馬に費やした競馬ライター。『365日競馬する』を目標に中央、地方、海外競馬の研究を重ねている。ジャンルを問わない知識は、一部関係者に『コンビニ』とまで評されている。早稲田大学競馬サークル『お馬の会』会長時代に学生競馬団体『うまカレ』を立ち上げたり、北海道の牧場などに足繁く通うなど、若手らしい行動力を武器に、今日も競馬を様々な角度から楽しみ尽くしている。現在はサラブレ、一口クラブ会報などでも執筆中。血統派で大の阪神ファン。甘党でもある。