コチラ検量室前派出所

ルメール騎手と表彰式へ向かう木實谷場長

ルメール騎手と表彰式へ向かう木實谷場長(左)

●初の2400m「距離が持つよう工夫して調整」

普段、検量室前は数多くの関係者が通る。騎手や調教師はもちろん、バレット、JRAの職員の皆さん、取材記者、そして馬主の方々……。それぞれが忙しく動き回っている中で毎週末、特に足を動かしている1人の男性がいる。ノーザンファーム天栄・木實谷雄太場長だ。

数多くの競馬関係者と面識はあるが、木實谷場長の記憶力にはいつも驚かされる。天栄を経由する馬たちの入厩日、現在の調整進度、美浦トレセンにいる馬たちの状況、ローテーション……。オープン馬から未勝利馬まで全てを記憶しているのだ。それに加えて、面識のある人たちがどの馬に出資しているかも事細かに記憶している。検量室前パトロール隊員も一口馬主をやっているが、会うたびに近況を伝えてもらえることも多々あった。本人は「仕事ですから」と笑うが、ノーザンファーム天栄の快進撃はこの人の存在なしには語れない。

そのノーザンファーム天栄を経由したアーモンドアイ(牝3、美浦・国枝厩舎)が、今週のオークス(G1)で牝馬クラシック2冠獲りを狙う。3ヶ月の休み明けだった前走の桜花賞は、大外からただ1頭次元の違う末脚を駆使して差し切った。自身の上がり3Fタイムは33.2秒。レース上がり3Fが34.4秒だったことを考えれば、まさに『驚異的』と言うほかない。

「強かったですね」と笑顔で振り返る木實谷場長は、この馬のポテンシャルの高さをデビュー前から感じ取っていたという。「デビュー前、天栄にいた時に調教で時計が出ていました。その当時からスピードのある馬だと思っていましたね。ただ競馬をやってみないと分からない部分もありました」。デビュー戦こそ2着に敗れたものの、その後の快進撃については、ここで改めて書かなくてもいいだろう。

アーモンドアイ

オークスで2冠を目指すアーモンドアイ

今回は初めての2400mに挑むことになる。母はオークス2着のフサイチパンドラとはいえ、父は香港スプリントを連覇したロードカナロア。この点に不安を持っている方も少なくはないだろう。距離について問うと、「2400mはやってみないと分かりません(笑)」とした上で、「桜花賞の上位組はマイルばかり走っていますから、どの馬も条件は一緒です。普段競馬のローテーションを組む上で、800mの一気の距離延長をする機会はほとんどないのです。対応力も求められますから、距離適性以外のところが求められてきます。これは結果でしか分からないことです。この中間は距離が持つように工夫して調整しました。順調でしたよ。テンションも上がっていません」と自信をのぞかせた。

オークスの舞台は東京競馬場。桜花賞の直線で内に行く素振りを見せていたことから、左回りに替わることはプラスなのかどうか尋ねた。すると「右回りのほうがスムーズなんですよ、この馬は」という意外な答えが返ってきた。「スムーズと言いますか、直線で左手前で走るほうが力が出せるんです。そう思ってシンザン記念を使った経緯があります。東京で未勝利を勝った時も外目からスムーズに運んだのに、直線で次第に内に切れ込むところがありました。そのへんは、まだ弱さがあるのかもしれませんね。ずっと右回りでも左回りでも力を出せるよう調整してきています。体質がしっかりすれば、この問題は解決すると思います。成長すれば変わってきますよ。オークスはまずは無事に走ってくれれば。それは、どの馬も一緒です。無事に走り終えて次がありますから」と語る。未完成の状態で、桜花賞であのパフォーマンスを発揮しているあたり、アーモンドアイという馬は末恐ろしい。

●「みんなが喜んでくれることが仕事のやり甲斐」

普段から木實谷場長が休んでいる姿を見たことがない。土日は競馬場でレースの合間に数多くの関係者と打ち合わせをこなし、週中には福島県の天栄に戻り、早朝から調教進度の確認をしつつ各方面との連絡を欠かさない。いつ休んでいるのか、こちらが心配になるほどだが、その原動力は「多くの人に喜んでもらえること」だという。「みんなが喜んでくれることが、この仕事のやり甲斐ですね。勝てばみんなが喜んでくれますから。先日アーモンドアイの桜花賞優勝祝賀会がありましたが、皆さんが喜んでくれました」と仕事のやり甲斐を語る。

そして「北海道の人たちが送り出した馬たちを無事にレースに使って勝たせる、僕たちの責任は大きいです。緊張しますよ。勝負事は結果が分からないですから。この時期の未勝利戦でケガでもしたらもう厳しいですし、どのレースも、1レース1レースが勝負です」と続ける。天栄を経由している馬は驚異的な好成績を残しているが、トップの仕事に対する責任感の強さが与えている影響は大きいだろう。

「牧場で具体的な数字を出して掲げている目標はあります。そして1つでも多く勝つ。お客さんに喜んでもらうことを目標としています。まだまだ天栄には伸びしろがありますから。設備投資もそう。スタッフも、そして僕自身まだ伸びしろがあると思っています。勝っていないレースもありますからね。この仕事にゴールはありません」。

現状に満足することなく、さらに上を見据える木實谷場長の元にまた1頭、期待の2歳馬がやってくる。名前はユナカイト(牝2、美浦・木村厩舎)。アーモンドアイの半妹である。「バランスのいい身体をしていましたよ。姉に現時点で比べるのはかわいそうなところもありますが、素質の高さは感じています」という栗毛の牝馬が、GIを制した姉にどこまで迫れるか、こちらも今から注目したい。

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