清水英克調教師×高橋摩衣
2010/1/23(土)
清水英克調教師
高:それは良かったですね。そうですか、息子さんが生まれた事がキッカケで。
清:そんな感じで調教師試験を受け始めましたけど、落ちたらシャクに触るでしょう(笑)?そのうち、年下の堀先生たちが受かり始めてからは必死ですよ(笑)。そうなると悔しいですから。
高:結局、何回受験されたんですか?
清:全部で7回ですね。最初の2回はまだ本腰が入っていなくて1次試験で落ちていましたけど、真剣に取り組み始めた3年目からは二次試験まで進みました。
高:そして2005年に調教師免許を取得されました。助手から調教師になって、変わった点があると思いますけど、どんなところですか?
清:やっぱり調教師になると気は大きくなりますね。「どんと来い!」みたいなところは出てきたと思います。調教助手時代は馬を仕上げる緊張感から吐き気を感じることもありましたけど、調教師になってからはそういう事はないですね。僕が助手の時はG1も経験したし1番人気になってプレッシャーを感じた事がありましたけど、ガルボで朝日杯を使ったり今回シンザン記念を使ったときは、結構人気がありましたけど、正直プレッシャーは全然ありませんでしたね。
高:そうなんですか。
清:今、僕は、馬の脚元を触ったりチェックはしますけど、基本的には指示を出すだけですから。調教師の場合は厩舎にいる20頭と、牧場に行っている馬を管理しているので、1頭の馬だけを気にしているわけにはいかないんですね。でも、助手の時は違って、自分が責任を持って仕上げていかなければいけない、という感じなので。レースの前日の調教が終わるまで緊張感をずっと持ち続けなければいけない世界なんです。
高:なるほど。助手と調教師、どちらが自分に向いていると思われますか?
清:調教師の方が合っているかもしれませんね。悩む部分はありますけど、面白みが出てきていますし…。でも調教師は能天気だけではダメですね。悩まなければ伸びませんよ。1日1時間でも、今後どうしたらもっと良くなるかって悩まないと、絶対に置いていかれます。
高:厩舎間の競争も激しいですもんね。
清:レースも賞金も決まっていて、その取り合いですからね。日々勉強をしないと。でも、僕も一年前の自分と比べるとまた馬を見られるようになっていると思いますし、細かいチェック項目も更に上の目線で見られるようになって来ていると思うんですよね。その分、細かくなってスタッフからすると口うるさいかもしれない(笑)。
高:チェック項目が増えるんですか。
清:そうなんです。今まで10個しかチェックしていなかったものが20個になり25個になって来て。最終的には100個くらいになると思いますけど。
高:そこまでいきますか?
清:そのくらいになると思います。例えば、牧場に行って、馬を見るでしょ?そうすると去年より馬を良く見れているんですよね。だからネモシンも見出せたと思っているし。それで自信もついちゃったんですよね(笑)。
高:進化の手応えも感じていらっしゃるという事で。今年が開業5年目になりますが、今までの成績を振り返っていかがですか?
清:僕としては納得しています。去年の成績を下回らなければいいな、と思いながらやって来ましたけど、下回ったのは1度だけなので。15勝した翌年の暮れぐらいから悪い流れになっていましたから。本当は15勝した次の年は20勝したかったんですけど、欲を出すと上手くいかないですね(笑)。その頃はちょっと遊んでしまいましたし。
高:遊んでしまったんですか。
清:はい。ちょっと天狗になっていたかな。「ほら、思い通りだろう?」みたいなところもありましたから。それで2008年は12勝止まりで、その年の暮れあたりから悪い流れになってしまったんですよね。
高:新聞や雑誌の記事を拝見したところ、2009年はいろいろとご苦労があったようで。
清:昨年は正月競馬の初日で失格になったじゃないですか(※09年1回中山初日5R・トップキングダム)。その後に薬殺しなければいけない馬が3頭続いて、その後も能力喪失の馬がいたり転厩があったりで、悪い方悪い方へ流れが行ってしまって「ちょっと…無理かな」と。僕の信念としては、従業員に苦労をさせたくないというのがあるんですよ。それなのに預託頭数のギリギリくらいまで管理頭数が減ってしまって、しかもその中に長期休養馬もいて…。あの時は苦しかったですよ。
「馬がいなくて、従業員に迷惑をかけてまで続ける商売かな?」と、悩みました。そして夏場の不振がありまして。ずっと勝てませんでしたからね。
高:その辛い期間に、スタッフの方たちとはどのような感じで接していらっしゃったんですか?
清:僕は、辛い事は表に出さない人間なんですよ。僕の本当に辛い姿を見ているのは、多分嫁さんだけですよ。子供たちにも見せません。子供は僕の顔を見るじゃないですか。その時に僕が辛い顔をしていたら子供たちまで辛くなるものだと思いますし、スタッフも同じで、僕がカリカリしていると厩舎全体の雰囲気が悪くなりますから。僕は笑顔を絶やさない人間なので、その時期も積極的にスタッフと会話をしていましたよ。
高:では、そこまで先生が辛い思いをされていた事を周りの方は…。
清:多分知らないと思います(笑)。でも、厩舎の番頭格の菊地さんは僕の顔色を読める方だから、フッとした時の感じで何か分かっていたかもしれないです。やっぱり勝った時には一番喜んでくれましたしね。
高:素敵なスタッフさんに恵まれていらっしゃいますね。でも、一人で悩んでいると悪い方悪い方に考えてしまったりしませんか?
清:いや、辛い状況でも、どこかに突破口があるんじゃないかな、ってずっと思っていましたよ。あらゆるところをキョロキョロ探せば、どこかにこの苦境から抜けられる扉があるんじゃないかなって。いろいろ試しましたよ。馬の気持ちを分かろうと思って、急に走りこんでマラソンをしてみたりして(笑)。あとは、自分もまた調教に乗るようにしたんです。僕は、調教にはちょっと自信がある人間なんで(笑)。
高:そうなんですか(笑)。
清:そうしたら馬の事が細かく見えてきて「こういう事だったのかな」と、出口が見えてきたんですよね。
高:それから9月以降になって厩舎の結果も出るようになって来たんですか?
清:そうです。9月以降で9勝しましたから。馬との距離が近づいて、よりしっかりと会話が出来るようになったんですね。
高:その9月には小学校の時の同窓会に出席されたそうですが。
清:そうなんです。これは是非書いて!みんな喜ぶから(笑)。
高:分かりました(笑)。
清:僕は今まで、自分の仕事がある程度のレベルまで行かないと出られないと思って、同窓生とは距離を置いていたんですけど、今年は出席しなきゃいけないなっていう思いがあって、行ったんです。そうすると僕の同級生も辛いわけ。サラリーマンでリストラされたり、転職先で上手くいっていない、とか、そんな話で夜中の3時くらいまで飲んでいたわけです。そう考えると、僕って好きな仕事をしてご飯を食べているわけでしょう?最高じゃないですか。
高:ご自身が恵まれた環境にあると。
清:そうです。頭数が減った、といっても厩が空いているわけでもないし。一つも勝てていないわけでもないし、同級生も応援してくれているから、いっちょやってやるか!って気楽に構える事が出来ました。元々が能天気な人間で、何とかなるだろうって思うんですよね。今考えると「基本的に楽観的な僕が何を悩んでいたんだろう」って不思議に思います(笑)。
高:お話を聞いていると、同級生の方たちの夢を託されているような感じがしますね。
清:いいもんですね。今も勝った後にメールが送られてきますけど「俺たちの夢、希望だからな」なんて書いてあるのを見るとホロッとしますよ。彼らもサラリーマンで、会社と戦っているわけだから、僕ももっとやってやらなきゃと思います。せっかく子供の頃から憧れていた社会で仕事が出来ているわけですから。
高:先生は何か、競馬ファンがそのまま調教師になってしまったような。
清:そうなんですよ。子供の頃に見ていたダービーで、小島太先生がサクラショウリに乗って勝っちゃうわけですよ、カッコ良く。あの頃は勝ってもガッツポーズをする騎手は少なかったですけど、太先生はするんですよね。その頃からずっと憧れていた方と、今は調教スタンドで話してもらえること自体が夢ですから。
高:そういえば先生、被っている帽子が…。
清:そう、これ太先生の厩舎の帽子です。もう憧れですから。他にもプレストウコウだとかモンテプリンスだとかシービークロスだとかが好きでね。亡くなった吉永正人先生と一緒にお風呂に入れた時なんかは感動ものですよ(笑)。柴田政人先生とお話させてもらった時や的場均先生とお食事させていただいた時も本当に泣きそうになりましたもん(笑)。ジンギスカンか何か食べたけど、味なんて分かりゃしないですから(笑)。
高:そこまで舞い上がってしまって(笑)。本当に夢を実現された、という感じですね。
清:嬉しいですよ。そういう憧れの存在の方たちと今、調教師として対等にお話させてもらえる事自体が幸せかもしれないですね。松山康久先生や藤沢和雄先生も、僕の事を「ヒデ」って呼んで可愛がっていただいて。普通なら「清水」とか「清水君」とか呼ばれるところだと思いますけど「ヒデ、ヒデ」と呼んでくれて…。本当に嬉しいですね。重賞を勝った時もどこから調べたのか分かりませんけどお電話をくれたり。
高:そうなんですか。特に親しくされている調教師の方っていらっしゃいますか?
清:うーん、皆さんに良くしていただいていますけど、僕は基本的には一匹狼なんです。人に頼らずに自分で開拓している人間なので、その開拓が失敗すれば全部自分に降りかかって来るんですよ。でも、それで良いと思っているし、ツルむのは嫌いですから。自分の思うとおりにやりたいですしね。
高:例えば調教方法を他の厩舎から学ぶ、という事なんかはありませんか?
清:でもそれは、自分が調教助手の時にしっかり学んでいれば、自分の調教理論を持っているじゃないですか。僕が所属していた土田厩舎では自由にやらせてもらっていて、結果も残せていましたから、それが自信になりましたね。
高:調教助手時代に先生はどのような馬を担当されていらっしゃったんですか?
清:タイキシャーロックやジンクライシスを担当していましたよ。あとマイヨジョンヌだとか、自分が所属していない厩舎の馬にもたくさん乗っていたから、そういう馬を上げだしたらキリが無いくらい。
高:助手としての最高傑作といえる馬はいますか?
清:マイヨジョンヌですね。函館競馬場開設100周年記念の函館記念で失格になった時のマイヨジョンヌ。あれは最高でしたよ。もういろんな人に勝利宣言をしていましたから。あとはジンクライシスの2100mですね。周りからは距離がもたないぞ、と言われていましたけど、調教を工夫して、レースに行っても引っ掛からないようにしましたからね。僕は、馬は血統ではなくて、調教で距離はもつと思っている人間ですから。調教で馬は変わる事が出来るんです。
高:そうなんですか。
清:土田先生のところに、1200mの重賞のクリスタルカップを勝ったタイキバカラという馬がいましたけど、返し馬で誘導馬に突っ込んでいくくらいの暴走癖があったんです。でも、僕が乗るようになってから落ち着いて走れるようになりました。1200mしか走れなかった馬が1600mくらいまでもったりするんですよ。だから調教は工夫ですよ。生まれより育ち、じゃないですけど、ちゃんと調教してあげれば馬って走るんですよ。
高:なるほど。
清:それは助手時代から自信を持って言えました。ちゃんと教えてあげれば、走るんです。変わりますから、馬は。それを見抜いてあげるのが助手の仕事でしたからね。馬を見極めてあげないと可哀想ですよ。それで埋もれていってしまった馬って多いですよ。
高:自分の能力を発揮出来ずに。
清:そうそう。闇雲に厳しくすれば良いわけではないし、ただ優しいだけでもダメなんです。馬の個性に合わせた接し方で教えてあげないと能力を発揮出来ずに終わっていってしまいますから。やっぱり縁あって僕の厩舎に来た馬には、一回は口取り写真を撮らせてあげたいし、それが出来なくても一回はレースに使ってあげたいですよね。
高:確かに、一度もレースに出走出来ずに引退してしまう馬もいますもんね。
清:僕はそれが今まで無いんですよ。入厩してきた馬は全部レースに使っています。これは自慢なんです。
高:他の厩舎に行っていたら出走出来なかったかもしれない馬でも、レースに使えるところまで持って来たぞ、とか。
清:そういう馬がほとんどですから。気性だったり脚元だったりに問題があって、他の厩舎だったらあきらめるような馬ばかりやっていますからね。またそういう噂も立っちゃっていますしね。「清水英厩舎ならそういう馬でも預かるよ」みたいな。
高:他とは違う、一匹狼スタイルで。
清:そうなんです。それでスタッフには迷惑をかけているかもしれませんけど、それでもこうして付いて来てくれているんだから、僕の事を好きなのかな、とも思いますしね(笑)。
高:先生はスタッフに仕事をお任せするスタイルですか?
清:まだ経験が浅い者には細かい指示を出しますけど、ある程度の者に対しては少しの指示を出すだけですね。あとは彼らの目や、彼らが実際に乗って掴んだ感触を信じて任せないと、伸びませんよ。
高:馬だけでなく、人も育てなければいけないんですもんね。人を育てる時に注意をしている点はありますか?
清:個人の個性ですよね。よくその人間を見てあげないとね。優等生ばかりじゃないですから(笑)。優しい接し方ではダメな者もいれば、厳しくすると萎えてしまう者もいますし。
高:さっきの馬の話と同じですね。馬も人間もその個性を掴んで、それに合った形で教育していくという事で。
清:そうそう。だから、僕はよく見ていますよ。スタッフの仕事ぶりを、どんな感じかなって、一週間くらい見ますよ。そうすると大体どんな育ち方をして来たかっていうところまで分かりますよ。
高:例えば、よく忘れ物をするような子供だっただろうな、とか。
清:そう。部屋もどういう感じになっているかまで分かりますよ。
高:そこまで仕事ぶりに出ますか。
清:出ますね。「コイツの部屋は汚いぞ」とかね(笑)。でもそういうところまで分かるからみんなで楽しくやれているのかもしれません。
高:笑いを交えながらイジッたりされて。
清:やっぱり笑いがないとね(笑)。でも、ウチの厩舎には馬の個性を見抜いてくれるスタッフが揃っていますから、本当に恵まれていますよ。みんな底上げして育って来てくれていますし、有難いです。だから今年はもっと成績を伸ばせると思います。
高:いいですね。重賞を一挙に二つも勝って、良い波に乗って。
清:そうですね。でも逆にこれで終わってしまうのが怖いという気持ちはありますよ。更に上に行きたいですしね。
高:最後にお聞きしたいのですが、厩舎の目標として、何勝をしたいという具体的な数字というのはありますか?
清:いや、ありません。前年を下回らないように、という事で。まあ、本音を言うと、一回くらいは20勝を超えたいですね。
高:数字以外のところで、こういう厩舎にしていきたい、というお考えは?
清:やっぱり、馬にとってもスタッフにとっても「清水英厩舎で良かった」と思ってもらえるようにしたい、という事ですかね。馬主さんにも「アイツに馬を預けて良かったな」「アイツに人生を賭けて良かったな」と思ってもらえると嬉しいですよね。今、世知辛いじゃないですか、世の中。暗い話が多くて。
高:そうですね。
清:僕は馬主さんにもスタッフにも恵まれていると思いますし、良い方ばかりですから、やっぱりみんなに喜んでもらって、明るく楽しく生きたいですよね。
高:先生に預けて良かった、先生の厩舎で仕事が出来て良かった、と。
清:そう思ってもらえて、馬主さんやスタッフと良いお付き合いを継続出来るのが、調教師として一番の醍醐味じゃないかな、と思います。
高:分かりました。これからも応援しています!今日はありがとうございました。
清:ありがとうございました。
1 | 2
|
||
■最近の主な重賞勝利 |
||
10年1月10日にガルボでシンザン記念を勝ち、初重賞勝利をおさめた。その翌日の1月11日にはコスモネモシンでフェアリーステークスを制し、二日連続の重賞勝利という偉業を成し遂げた。明るい人柄で周囲に笑顔が絶えない。 |
|
||
■出演番組
|
||
2006年から2008年までの2年間、JRA「ターフトピックス」美浦担当リポーターを務める。明るい笑顔と元気なキャラクターでトレセン関係者の人気も高い。2009年より、競馬ラボでインタビュアーとして活動をスタート。いじられやすいキャラを生かして、関係者の本音を引き出す。 |