死闘を制してキタサンブラックが1番人気に応える!【平林雅芳の目】

キタサンブラック

17年10/29(日)4回東京9日目11R 第156回天皇賞(秋)(G1)(芝2000m)

  • キタサンブラック
  • (牡5、栗東・清水久厩舎)
  • 父:ブラックタイド
  • 母:シュガーハート
  • 母父:サクラバクシンオー

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2週連続の台風の影響で田んぼ、いや川と化した芝馬場。そんな悪コンディションの中、スタートのアクシデントで後方からの出だしとなったキタサンブラック。慌てることもなくポジションを少しずつ上げて、4角手前では2列目。さらに最内から前へと出て進路を真中へ取ると、あっと言う間にサトノクラウンの前に出て先頭となり、追いついてきたサトノクラウンと2頭の熾烈な追い合いとなった。
内へと進路を切り替えたサトノクラウンは、ゴール前ではさらに猛追しきて見せたが、キタサンブラックが最後まで優勢でゴール板を走り抜けた。
鞍上の神騎乗に、場内から大絶賛の轟きが鳴り響いた瞬間でもあった…。

降りしきる雨、不良とひと言で括るが、その不良でもこれほどの悪コンディションはないだろうぐらいの極悪の馬場である。9Rでまったく同じ距離での1000万下があったが2.10.1の勝ち時計であった。おそらく天皇賞は、2分8秒台の決着になるのではないかと思っていた。
降りしきる雨のため、パドックのいつも見る場所には行けない。馬場への通路のトンネルへと続く出入り口あたりで、何とか人と人との隙間から馬を見るぐらいが精いっぱい。全体をジックリなんて見れない。キタサンブラックとサトノクラウンを見てから早めに返し馬をしっかりと見てやろうと、いつもお邪魔している席へと戻る。

真っ先に姿を見せたのがサトノクラウン。二人に引かれて馬場入りして、キャンターで過ぎ去って行った。少し間を置いてから、馬番どおりに馬場入りしてキャンターへと移っていく馬。ちょうど目の前を通ってくれる。
ゴール板過ぎぐらいがけっこう水が溜まっているかの感じで、そこを通る際にノメって行く馬がいる。ミッキーロケットにグレーターロンドンで、こんな馬場はダメなんだろうなと推測できる。カデナは小さく見える。マカヒキはけっこう堂々と返し馬をして行った。一時の感じから浮上してきた気がする。最後に、ワンアンドオンリーがスタンド沿いの外ラチに一番近い芝の上を、ゆっくりと2コーナーへの方へと駆け抜けて行った。

こんな雨の中でも生演奏はやる。寸前までトンネルに隠れて雨を避けていた楽器から、高らかにファンファーレが鳴った。手拍子や歓声で応援するスタンド。ゲート入りが始まり、紹介された馬がどんどん入っていく。
当然にキタサンブラックを見ている。先ほどから、今日もゲートの中でうるさいキタサンブラックだ。そして嫌なタイミングでの時に、ゲートが開いてしまった。前に突っかけた時にゲートが開く。思わず《アッ》と叫んでしまっていた。ヨロけて出た様子である。左隣りのディサイファしか、後ろにはいない。どうするのかと固唾を呑んで見ていると、慌てもせず内へと進路を取って行く武豊騎手であり、それを見て少しほっとする。しかし次の瞬間には《こんな後ろからレースをしたことがないだけに、大丈夫かな?》と小心者の私である 。

2コーナーに入るまでに、キタサンブラックは最大の相手であるサトノクラウンの後ろにいた。それも相手をマークする形となる最高のポジションではある。後ろには4頭ぐらいしかいないが、雨が巧く最大のライバルであるサトノクラウンを見る形での前半の入りとなった。
向こう正面に入って、知らぬうちに馬群の真ん中あたりの位置となる。馬場が悪く、どのレースでも道中でも外々を走っているだけに、当然に内を開けて走っている。その馬群の最も内目を、サトノクラウンの後ろの絶好位を進むキタサンブラック。
後ろからグレーターロンドンが内を突いて上がってきて、キタサンブラックと並ぶ。さらに進んでサトノクラウンの後ろ、キタサンブラックの少し前の内目を進む。さらに前へと進むグレーターロンドン。その動きに合わすかのようにサトノクラウンも前へと出てきて、逃げるロードヴァンドールのすぐ内へと来ている。

キタサンブラックが、進路をさらに内へと誘った様だ。グレーターロンドンの後ろの内目を選択して、最終コーナーヘと向かう。
4コーナーのカーブへとさしかかって、スタンドからその姿が見えだした。グレーターロンドンが一番前にいる様である。その後ろにキタサンブラックが見える。サトノクラウンは、少し外へ出した様だ。キタサンブラックは馬場の2分どころ、グレーターロンドンの内に並び、抜いて前へと出てきた。

あっと言う間に先頭に踊りでた。ラスト400のハロン棒あたりである。それから少しずつ外へと出て行く武豊J。双眼鏡を置いてもう肉眼で見れる距離である。手に取る様に近い。
外から真っ白の帽子が汚れてもいないサトノクラウンが追ってきた。2馬身ぐらいあったリードがだんだんと少なくなってくる。そしてMデムーロ騎手が、キタサンブラックの内へとサトノクラウンの進路を切り替えた。
ラスト200を過ぎたが、まだゴールは先。まだ体ひとつは先に出ているキタサンブラックだが、サトノクラウンも追いすがってくる。

レインボーラインが後ろで追ってきているが、まだまだ水は開いている。
まだキタサンブラックが前、武豊騎手の右ステッキが飛ぶ。Mデムーロ騎手が手綱を押す、そしてステッキを猛烈に入れる。武豊騎手の右ステッキが一発入り、最後は見せムチの形でゴール板を割った。サトノクラウンは届かなかった、はずである。
エレベーターを待つ間に振り返って電光掲示板を見ようとするが人、人、人で見えない。大丈夫のはずと思うエレベーターの中、サトノアラジンの岩崎助手が『おめでとうございます』と言ってくれて、ようやく「ああ勝ったんだ」と思えた。

ウイニングランをして帰ってきた、キタサンブラックと武豊騎手。やっと地下道に姿を見せた。帰ってきた戦いを終えたライバル達をやり過ごしてから、待っている私の方へと寄ってきてくれた。誰よりも一番先に握手をしたいと思っているG1勝利の時である。それを察して近づいてくれた。
馬上から、泥がついている左手のグローブが差し出された。思わず握手。そのすぐ後に御大将《北島三郎》さん達が待ち受けていた。地下道に響き渡る大きな歓声と拍手であった…。

雨で涙を呑んだ馬がいっぱいいただろう。こんな馬場コンディションでやらせたくないメンバーであり、レースでもある。だがそれも競馬、厳しさであろうか。
キタサンブラックが良く耐えて走ってくれた。しかし今回は鞍上の判断が実に冷静、あのスタートからの切り替えと道中のポジション、そして4コーナーから直線での進路の取り方。あらためて武豊騎手の凄さを知った瞬間でもあった。

最後の1ハロンがどれだけかかったのだろうと、帰りの新幹線の中でJRAホームページのレース結果で見る。やっぱりすごい数字であった。14.0と、考えられないラップである。あのコンディションで最後の力を振り絞っての攻め合いが、14.0もかかる極悪馬場なのである。そこから2馬身半後ろで入ったレインボーラインは良く伸びてきていたが、その後ろが5馬身もの水を開けられている。死闘の言葉がふさわしい、この秋の天皇賞の馬場コンディションであった。
ドンジリとなったサトノアラジンは、キタサンブラックから8.6秒も離されている。こんなことはG1競走ではあり得ない。春の天皇賞ではディープインパクトのレコードを塗り替え、そして今回のこの悪路を押し切ってしまう。そして賞金でも、ディープインパクトを抜いて歴代2位に押し上げたそうである。
キタサンブラックも偉いし、武豊騎手も素晴らしい。台風に負けない力を感じるものでした。


平林雅芳 (ひらばやし まさよし)
競馬専門紙『ホースニュース馬』にて競馬記者として30年余り活躍。フリーに転身してから、さらにその情報網を拡大し、関西ジョッキーとの間には、他と一線を画す強力なネットワークを築いている。