関係者の素顔に迫るインタビューを競馬ラボがオリジナルで独占掲載中!

棚江浩治調教助手

棚江浩治調教助手(オウケンサクラを担当)


-:競馬の華はクラシック。ダービーへ向けて続々とスターが登場していますが、いよいよ今週末に迫ったオークスにも例年以上に豪華な役者が揃います。上位拮抗の様相で、ハイレベルな戦いが予想されるなか、オウケンサクラ(栗東・音無秀孝厩舎)の実力は確かなものがありますし、異彩を放つキャラクターともいえます。今回は持ち乗りで手がける棚江調教助手に登場してもらい、その魅力に迫りたいと思います。

■■■ 我慢強さを発揮した桜花賞 ■■■

-:桜花賞挑戦を意識してサクラと名付けられた馬。みごとにオーナーの希望に応え、クラシックの1冠目に駒を進めました。まずは、前走を振り返ってください。意表をつく逃げの手に出て、半馬身差の2着に粘り通しました。棚江さんにとっても、予想外の展開だったのでは。

棚:戦法に関しては、あまり意識していませんでしたね。競馬の場合、思ったようにいかないことのほうが多いですし、無事に走ってくれることだけを願っていましたよ。ただ、個人的には先へ行くほうが好きなんです。うれしい驚きでした。折り合いが付き、スムーズに走っているのを見て、よしよしと。せっかくたどり着いた晴れ舞台です。流れに乗れずに、脚を余すようなレースだけは嫌でしたからね。いろいろ引き出しを持っているジョッキー(安藤勝己騎手)らしい好判断でした。

-:ハナを主張する馬がいませんでしたし、全馬ともに脚をためて上がりの速い決着となりましたので、積極策がアドバンテージになりました。

棚:そうですね。この馬の場合、自分のリズムで走れれば、ポジションは問いません。いろいろ苦しい経験も積んでいて、この時期の牝馬としては我慢強いんです。持ち味が鞍上のベテランとの勝負勘ともかみ合って、よくがんばってくれましたよ。

-:ただし、もう少しほかも苦しむような流れだったら、もっと力を発揮できたかもしれませんね。勝ち馬にとっては、格好の目標にもなりましたし。

棚:あれ以上を欲張っても。楽なペースだったからこそ先手を取れたともいえます。またひとつ将来につながるキャリアが加わって、オークスに夢が広がりましたよ。血統的にも、心身の特徴から考えても、距離延長に不安はありませんので。今度の一戦が真価を問われるステージとなりますね。



■■■ 非サンデーサイレンス系の貴重な血 ■■■

-:父は凱旋門賞やパリ大賞典など、GⅠを5勝したバゴです。スタミナに富み、いかにもオークスで花開きそうな血。初年度産駒の出世頭となり、父の名を高めた功績も大きいですね。

棚:まさに孝行娘。今年になって、種付け頭数が増えたそうです。いまのところ意外と本格派が少なく、気性の難しさからダートの短距離を得意とするタイプも多いのですが、やはりこの馬の底力は父譲りなのだと思いますね。その父は、2000ギニーとダービーを制し、ニジンスキー以来となる英クラシック2冠に輝いたナシュワンですし。

-:まさに大舞台向き。乗り味も重厚なのでしょうか。

棚:サンデーサイレンス系とは違って、硬い感じのフットワーク。しなやかさは伝わってきませんね。ちょっと不器用に感じるレースぶりにも、そんな特徴は出ています。だから、実戦でスパッとは切れない。ただ、パワーにあふれていて、独特の安定感があるんです。距離や相手にかかわらず着を外していないように、長く脚を使えるのが最大の武器ですよ。母父もリアルシャダイですからね。主流でなりなりつつある非サンデー系統の代表として頑張れたら。

-:日高地方の出身(生産は新冠の高瀬牧場)ですが、牝系も優秀。98年のエリザベス女王杯で2着したランフォザドリーム(他の産駒に函館2歳Sの覇者、フィーユドゥレーヴなど)が母です。

棚:このファミリーには愛着があります。トレセンに入る前は門別の白井牧場で働いていたのですが、〝スピードキヨフジ一族〟を育成したことがあって。牝が走る傾向があり、母はマーメイドSや朝日チャレンジCを制していますし、祖母のミルフォードスルー(その父スルーザドラゴン)は函館3歳Sやシンザン記念の勝ち馬です。近親には牝ながら南関東の3冠馬になったロジータもいるんですよ。ただし、クラシックとは無縁で、その制覇は一族の悲願。そんな思いも背負って挑めるのは、担当として幸せです。

■■■ 負の連鎖をひっくり返すパワー ■■■

-:血のドラマだけでなく、ここまでの短い競走生活だって、山あり谷ありといった感じ。ファンもずいぶんひやひやさせられました。だからこそ惹き付けられるのですが。

棚:3戦目の勝ち上がりですが、育成先の吉澤ステーブルでもしっかり乗り込まれてきましたので、当初から大人びた雰囲気。完成度が高かった。それなのに、なぜかアクシデントも多かったですからね。

-:11月28日の京都で迎えたデビュー戦(芝2000m)は、内で包まれて追い出しが遅れ、無念の4着でした。続く未勝利(12月19日の阪神、芝2000m)も強力な牡馬が相手。急遽、迎えた村田一誠騎手を背に、レーヴドリアンの3着と健闘したとはいえ、外枠発走でした。ゲート内を潜ろうとして福永祐一騎手を振り落としてしまった。

棚:あんな悪さはしないと思っていたのに、ハッとしました。ジョッキーに申し訳なくて、責任を感じましたよ。右肘関節脱臼という重いケガで、大切な時期に休養しなければならなかった。それなのに、『あれは僕が悪い。馬のせいじゃない』って声をかけてくれて。肩の荷が下りましたね。

-:一流どころは人間性も優れているんですね。それに、馬も立派。勝負事って、努力では変えられないところがある。能力以外のところで不運に邪魔され、リズムを崩した例もたくさん思い当たりますものね。なのに、次のレース(1月16日、京都の芝1800m)では楽々と差し切りを決めています。

棚:負の波動も簡単に跳ね除ける芯の強さがあるんです。くるっとコインが裏返り、正にひところがりさせてしまう。牝馬とは思えないほどタフで、飼い葉をもりもり食べます。跨ると瞬時にやる気を出しますし、勝負根性もすごい。注射が嫌いで、頑固に自己主張する一面もありますが、普段はのんびりしていて、人に触られるのが大好き。

-:ところが、またまた試練が訪れ、エルフィンSはフレグモーネにより回避。実質2本の追い切りで、ぎりぎりで間に合ったこぶし賞をクビ差で凌ぎ切りました。

棚:同週のクイーンCを除外される不運もありましたが、ここでもコインをひっくり返しています。



■■■ 自然体で馬と向き合う ■■■

-:ここまでずっと牡馬相手に戦っているのも、男勝りのこの馬らしいですね。でも、まだ競馬の神様は微笑んでくれない。チューリップ賞は4着で、あと一歩で桜花賞の出走権を獲れなかった。よく伸びているのに、位置取りの差でしたね。普通はこれで闘志が燃え尽きても不思議がないところ。さすがに運のなさを嘆きたくなったのでは。

棚:あまり結果を引きずったりはしません。終わったら、その先を考えるしかない。

-:驚かされるのは、中1週を2回も続け、さらに初の長距離輸送を経たフラワーCは、プラス4キロの体重で臨んでいることです。そして、あっさりと重賞ウイナーに輝いた。この馬には酷なローテーションもマイナスに働かなかった。

棚:厳しい状況でも崩れないタイプですから、信頼して現状維持に努めたまでです。輸送も堪えませんからね。

-:ついに重賞ウイナーになり、中2週で挑んだ桜花賞も健闘。無理に思えるローテーションもへっちゃらでした。仕上げに苦労はなかったですか。

棚:手がかからないサクラがえらいんです。やるべきことが限られているぶん、こちらは自然体で淡々とこなすしかないですし。この仕事をしていれば、どの馬もかわいい。差別なんかしないですし、血統や、走る、走らないは別の問題ですよ。GⅠといっても、すべきことは一緒。ただ、頭のなかでそう思っていても、やはり人間は固くなっていたんでしょう。いつもどおりにしようと意識すればするほど、周囲にも緊張が伝わったみたい。馬は元気いっぱいなのに、マネージャーは繊細で、実際に胃腸の調子を崩しました。こんな体験は初めてでした。

■■■ 吉田沙保里選手が沢尻エリカタイプに ■■■

-:この中間も順調そのものですね。13日の追い切りも、うなっている感じ。坂路で絶好の動きを見せていました。今度は日程的に余裕がありますし、自然体でいられるのでは。

棚:逆に気を遣いますね。一段と食欲を増していますし、不安はまったくないのですが、いくらタフな体質でも、今度は守りの調整ではなく、しっかり鍛えることが必要ですから。

-:前走時と比べ、なにか目に見える変化はありますか。

棚:馬が自信を付けたのか、より主張が激しくなりました。相変わらず自らすり寄ってくる反面、ブラシのときは拒絶。注射だけじゃなく、嫌なときは頑として動かないんです。競馬週刊誌の立ち姿撮影も、なかなかポーズを決めてくれなくて。

-:それって、馬券を買うファンの立場としたら、どう判断したらいいんでしょうか。良くない傾向なのでは。

棚:走るのを嫌いになったわけじゃないですからね。レースでは全力を出してくれるでしょう。気疲れしているマネージャーが頼りなくて、「余計なことをせず、任せておけ」って言いたいのかも。この馬って、レスリングの吉田沙保里選手みたいだと思っていましたし、あのくらいまっすぐに強くなってほしいのですが、最近は魔性の女に見えることもありますよ。もしかしたら、一方的に「きもい」と思われているんじゃないかと疑心暗鬼になってます。こちらは愛しているのに。

-:最後に沢尻エリカファンに、いや、競馬界の吉田沙保里ことオウケンサクラのファンに、ひと言メッセージを。

棚:担当者はできるだけ自然体で、無事にゲートインさせることに専念しますが、桜の季節を過ぎ、青葉のころとなっても、サクラはますます輝いています。ひた向きで、一生懸命な走りにぜひご声援をお願いします。





【棚江 浩治】 Tanae Koji


1974年12月18日、大阪府東成区に生まれる。一般的なサラリーマン家庭に育ったが、「南海ホークスのホームグラウンドだった大阪球場に足を運ぶと、隣の難波ウインズより怪しげな熱気が伝わってきて。妙に心が惹かれた」ことから競馬に目覚める。中学2年のころには「週刊競馬ブック」や「競馬四季報」を熟読するマニアックなファンに。

サラブレッドと触れ合える仕事に就きたいと熱望し、高校を卒業すると北海道門別の白井牧場へ。5年弱の勤務を経て、競馬学校に入学した。小林稔厩舎に3か月間在籍した後、現在の音無秀孝厩舎に移り、12年目になる。「自然体で馬と向き合いたい」がモットー。

かつては02年の新潟2歳Sに優勝したワナも担当。思い出の馬には、「背中の感触はこれまでで一番。気持ちも通じ合った」スプレッドスマイル(3勝)や、「音無厩舎に入って最初に任されたのが、偶然、白井牧場で馴致をした旧知の馬で。ただ、競走中の事故でこの世を去ってしまった。それはショックでしたし、一生忘れられない」というユウビッグバーン(未勝利)などがいる。