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池江泰寿調教師

池江泰寿調教師

凱旋門賞であわやの2着となったオルフェーヴルをはじめ、米・ブリーダーズC参戦を予定しているトレイルブレイザーなど、質量共に日本のトップステーブルといえる池江泰寿厩舎。その池江厩舎が、連覇を狙わんと、天皇賞(秋)に昨年の覇者・トーセンジョーダンと未完の大器・トゥザグローリーを送り込む。G1の大舞台において、もはや欠かすことの出来ない池江軍団が、この秋はどんな活躍をみせるのか?凱旋門賞の回顧を含め、フランスから帰国まもない池江泰寿調教師に直撃した。


世界を目指すなら、馬場から改善を

-:まず、今回の秋の天皇賞ですが、トーセンジョーダンとトゥザグローリーがエントリーしています。まず、トーセンジョーダンの話をお願いします。天皇賞(春)2着の後はいかがでしたか?

池江泰寿調教師:札幌記念から秋のG1・3連戦と去年と同じローテーションを予定していました。去年は牧場で随分と乗り込んでから、10日前に入厩という感じだったので、大丈夫だったんですけれど、今年は3週間前に入れて、札幌でジックリ乗ったら、(持病でもある)裂蹄が悪化・再発したんです。やっぱり、札幌のダートコースが合わなかったですね。この辺はちょっと誤算でしたね。
去年は札幌記念を使った後、ノーザンファームに戻って、しっかり坂路で乗り込んで帰厩しました。でも、今年は裂蹄もあって、乗れない期間が長くなってしまいました。休養と治療の期間があった分、去年とは過程が違うなという感じですよね。




-:その辺は多分ファンも心配していて、興味深いところだと思います。

池:牧場でやった装蹄療法の効果で、蹄自体は大丈夫なんですけど、中身がまだ出来ていないという感じです。

-:11日にマウントシャスタと3頭併せで、7ハロンから時計を出していて、終いは12秒台の時計が出ていますし、字面上は整っている感じはします。

池:実戦ではテンから12秒台、11秒台で飛ばして行って、2000mを走らないといけないので、調教とは全然違いますよ。オープン馬は調教でも、そこそこタイムが出るし、良く見えるけど、やっぱり1回実戦を使わないと何とも言えないですね。去年とは明らかに過程が違うので。もちろん、連覇は狙ってますけど、今年に関してはちょうどJC、有馬に良い状態に持っていけそうな過程です。去年は逆に有馬は下降気味で、秋天、JCがピークだったので、それより一つ後ろにスライドした感じになるんじゃないかなと思います。

-:ということは今回は少し割り引いた感じで見たら良いと?

池:そうですね。そう思ってくれれば。これで天皇賞に勝ったら化け物ですよ。それこそ来年、凱旋門賞に行っても勝負になります!


■「やっぱりガラパゴス化しているんですよ。日本の馬場はね。そうなると競馬もガラパゴス化してしまう。本当に凱旋門賞を勝つような馬を作っていこうと思えば、まずは馬場の改良だと思いますね」

-:あと去年と大きな違いと言ったら、京都競馬場と府中の芝が若干、ソフトになって、時計だけじゃなくて硬さが抑えられていると思います。時計はある程度出るけど、スタミナ面も要求される馬場になっている風に感じるんです。先生はどのようにご覧になっていますか?

池:う~ん、ヨーロッパから帰ってくると、スカスカに感じますね。

-:そこと比べると大分、差があると思います。

池:だって、2400mのG1で2分37秒だからねえ。

-:例えるならば、昔の有馬記念の時計ぐらいですね。

池:しかも有馬記念は2500mでしょう。だから、やっぱり(※)ガラパゴス化しているんですよ。日本の馬場はね。そうなると競馬もガラパゴス化してしまう。本当に凱旋門賞を勝つような馬を作っていこうと思えば、まずは馬場の改良だと思いますね。



-:「硬さイコール壊れるではない」と言われながら、今年の秋シーズンを前に故障馬が相次ぎました……。

池:硬いと壊れやすいですよ。それは実際、今年の春を見たらわかるじゃないですか。「それは関連性がない」と言っている人がいるけれど、そんな言葉にダマされてはダメですよ。実際に毎週、競馬に送り込んでいる僕達が実感していたことです。特に今年の春の京都競馬場。ああいう馬場を造っていたら、来年、春の天皇賞には使いたくないですよ。

-:去年の秋の天皇賞でもトーセンジョーダンが1分56秒1という驚異的なレコードをマークしました。硬い馬場で走った反動はなかったですか。

池:いや、馬場による脚元の反動はなかったです。確かにキツい流れで走った反動はあったけれどね。息がなかなか入らない2000mで、持久力戦になったという意味での心肺機能や内臓面での反動はあったけど、脚元に関して、運動器系の負担は全くと言っていいほどなかった。そんなに悪い馬場ではなかったですよ。ただし、今年の春の京都は問題アリですよね。脚元にきた馬、実際、古馬で球節を骨折した調教師さんも言っていたけど「信じられない。この年齢になって、あの馬が骨折するなんて」と。

-:そういう意味では今回の馬場改善で、ようやくJRAが動いてくれたのは大切な馬を管理する先生にはありがたいことですね?

池:その通りですね。ぜひ、フランスの調教場やロンシャン競馬場のような馬場を造ってもらえれば。
これを見て(凱旋門賞のゴール前の写真。綺麗な芝コースで日本の不良馬場とは違った感じがする)どこが不良馬場と思います?そこまで管理されているんです。だけど不良馬場なんです。日本の不良馬場とは全然違うでしょう。だから、気候とか風土とかそういう理由じゃないと思う。実際に、ああいう素晴らしい馬場が出来ているんだから、同じ人間がやっているんです。
それはワインと一緒で、カリフォルニアがヨーロッパと匹敵するようなワインを作れるようになった。雨がなく、砂漠のような環境で、一から土地を改良して地位を築いた訳ですよ。カリフォルニアワインは。それは日本でもできるはずだと思うんで、ぜひ、やってもらいたいです。そういうところ這い上がってきた馬はヨーロッパで通用しますから。


-:硬い芝でしか走っていない日本馬のトップでもヨーロッパの芝に合うという保証はないですからね。

池:保証はないです。でも、三冠馬レベルになったらこなします。ただ、G1、一つ二つ勝っている馬じゃ、馬場状態による適性で成績が大きく左右されると思います。


■「僕が手掛けた馬の中では、精神力はこの馬がNO.1ですね」

-:あと、トーセンジョーダンの話に戻りますと、天皇賞(秋)は7番人気で勝って、ややフロック視する面も正直ありました。しかし、その後のJCとか今年の春の天皇賞でも成績を出しているのは事実で、能力の高さを証明していると思うんです。トーセンジョーダンはどういう特徴の馬ですか?

池:まず、どういう競馬にも対応できるところが長所ですね。ペースが速ければ控えたら良いし、遅ければ自分で流れを作っていけるということ。それに精神的にジョーダンは優れていますよ。僕が手掛けた馬の中では、精神力はこの馬がNO.1ですね。まるで小学校の生徒会長みたいなものですね。

-:優等生の中の優等生ですね。

池:大人ですよ。小学校の時の生徒会長って大人じゃないですか。勉強もできて、スポーツもできて、先生からも生徒からも好かれてとか。そういう感じがしますね。1頭だけ子供の中に大人がいるような、それぐらい精神力がある。だから、動じない。それが大きいな。元々持った身体能力の高さはあるとは思うんですけど、精神力でいったら、オルフェとかと比べても大人と子供ですよ。

-:それだけ成熟した精神力で、休み明けを克服してもらいたいですね。

池:そうですね。その辺は結構、頑張ってくれる子なんでね。やってくれるんじゃないかと期待はしています。でも、あんまりここで、「やれる、やれる!」と言っても……。実際の中身にモノ足りなさがね。ここは正直に僕はファンに伝えたいなと。だから、馬券というお金が絡んでいるんで。競馬というスポーツだけじゃないんでね。その手前、僕らは責任ある人間として、しなきゃいけないという意味では去年のように順調に行っている訳じゃないということを知ってもらえればと思います。

-:まだ1週間前ですが、今のところ馬体重はどのくらいの目安でしょうか?

池:今、ジョーダンは492ですね。

-:では、当日の体重は480キロ台と思っていいですか?

池:輸送で減るので、480後半か、490前後か。それくらいか目安になると思います。


(写真・取材)高橋章夫

()ガラパゴス化
ガラパゴス諸島における独自の進化をとげた生態系のように、独自の方向で技術やサービスなどが日本市場の中だけで進化し、世界標準から掛け離れてしまう現象。

(日本が硬い芝コースで競馬をして、硬い芝に対応する馬を育てても、いざ海外に出た時に、硬い芝でしか走っていない日本馬は向こうの芝に対応できない。そればかりか日本に海外の馬を招待しても硬い芝を敬遠され、世界の中で日本競馬が孤立してしまう。芝コースを世界と同じレベルにしなくては競馬を共有できない。という意味)



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【池江 泰寿】Yasutoshi Ikee

1969年滋賀県出身。
2003年に調教師免許を取得。
2004年に厩舎開業。
JRA通算成績は324勝(12/10/21現在)
【初出走で初勝利】
04年3月20日 1回阪神7日目5R ソニックサーパス(1着/14頭)


■最近の主な重賞勝利
・12年 宝塚記念
・11年 有馬記念/菊花賞/日本ダービー/皐月賞(共にオルフェーヴル号)
・12年 エプソムカップ(トーセンレーヴ号)
・12年 鳴尾記念/日経新春杯(共にトゥザグローリー号)
・12年 京都新聞杯(トーセンホマレボシ号)
・12年 京都記念(トレイルブレイザー号)
・12年 きさらぎ賞(ワールドエース号)


惜しまれつつ定年により引退した池江泰郎元調教師を父に持ち、武豊騎手とは同級生であり幼馴染でもある。開業3年目の06年にドリームジャーニー号で朝日杯FSを制しG1初制覇。同年に最高勝率調教師賞を受賞し、さらに08年には最多勝利調教師賞も受賞。多数の名だたるオープン馬を育て上げ、もはや知らぬ者などいない誰もが認める調教師の一人。昨年はオルフェーヴルで牡馬クラシック三冠を達成。所属馬のレベルは競馬界の銀河系軍団ともいうべき押しも押されるトップステーブル。先日の凱旋門賞では惜しくもオルフェーヴルが2着となったが、その名を海外にまで轟かした。