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大塚哲郎調教助手

セントライト記念を勝ち、クラシック最後の一冠・菊花賞への切符を手にしたユールシンギング。7戦3勝という戦績ではあるが、掲示板を外したのはわずか1戦しかなく、秋になってからはセントライト記念を含む2戦2勝と、今まさに勢いに乗ってきた1頭だ。春のクラシック上位入線組、同馬同様に菊花賞トライアルで勝ち上がってきた強豪ライバルに一矢報いるチャンスはあるのか。勢司和浩調教師の右腕として厩舎を切り盛りする大塚哲郎調教助手に菊花賞への意気込みを語ってもらった。

未勝利時代から騎手、調教師が高い評価

-:ユールシンギングの初勝利はデビュー4戦目でした。500キロを超える大型馬らしい、大きなストライドで走る姿は、おっとりとした風に見えて、デビュー初戦や2戦目は勝負所を迎えてからエンジンがかかるまでに時間がかかっていたように感じました。初勝利を挙げるまで、歯がゆい思いをしたのではないでしょうか?

大塚哲郎調教助手:どちらかというと、今でもそうですが、ユールは自分からグイグイ積極的にいくタイプの馬ではありません。気性というよりも能力が高いから余裕があるのでしょう、カッカすることなく余裕をもって走るんです。だから初勝利まで時間がかかったのは、僕は馬の力が足りなかったというより、運がなかったのだと思っています。勝負どころで前をふさがれるなどして足を余して負けていたので、当時お願いしていた松岡(正海)騎手もずいぶん悔しい思いをしたのではないでしょうか。

-:たしかに2戦目の未勝利戦は、前がふさがらなければ勝てていただろうレースでしたね。デビュー当初から、やはり能力の高さは感じていたのでしょうか?

大:調教師は『大物になる』と言っていました。ただ、もともとユールは追い切りでは時計が出る馬なんですが、いかんせん、こう、あまり調教で本気を出すタイプではなく、どちらかというとゆるゆるしていて、調教で乗っていると物足りなく感じるくらいなんです。それでも未勝利を勝てなかったときから、松岡騎手が「競馬へ行くと馬が全然違う」と言っていました。スイッチが入るとすごい動きをするらしいんです。こっちが調教で乗っているぶんにはクタクタすることもあるので「本当か!?」と思っていましたが、今となっては騎手の言っていたことが正しかったってことですよね。

-:レースを見ていると、中団の好位につけて進むケースが多かったと思うのですが、何か騎手には乗り方の指示があったのでしょうか?

大:行きたいときに前が壁になってイライラする競馬が多かったので、おそらく調教師は「スムーズに競馬をさせてくれ」と伝えているんではないでしょうか。ユールは、競馬では乗りやすいタイプ。かかったりしないし、行けとサインを出したらそれなりに行きますから、特別な指示が必要ないんです。

-:これまで調教などで根気よく教え込んだことなどは、何かあるんでしょうか?

大:調教師が気にしていたのは、「馬がわがままになりすぎない」ことでしょうか。実は、ユールは少しやんちゃでうるさいんですよ、装鞍所で立ち上がったりして。僕は現場にいなかったのですが、東京500万下で2着になったときはパドックでも立ち上がるなどして大変だったそうです。そういうところ――馬がわがままになりすぎないように、乗っているときも引いて歩くときも、それぞれ注意するようにしていますね。もちろん、何でもかんでも人間の言うことをきかせるというのではなく、馬がウワーッとなりたいところを我慢させる、そういったことを考えて扱っています。



淀の3000mをこなせる下地

-:ウワーッとなるところがレースに出たことはあるんでしょうか? これまでのレースでは掛かったことはないように思えますが?

大:ないですよ。セントライト記念勝ったときも、スタートしてスタンド前をすぎるときは北村騎手が抑えていたけれど、でも別にすぐに収まったし、実際勝ったように体力を消耗するようなひっかかり方ではないからね。スタンド前を走るコースであのように走ることができたわけですから、特に心配はないと思います。そもそも、ここ2走、前走も前々走も、足を余すということがまったくありませんでした。新潟で勝ったときは、スムーズすぎるくらいスムーズにレースが運べていましたよね。突き放して勝ちましたし。といっても、前走セントライト記念は、かなり厳しい場面があったとは思います。

-:4コーナーを回って直線を向いたところでうまく前が開かず、一頭有力馬が抜け出す形になりました。

大:正直、ダメだと思いました、3着もないなと……。そこから来たから、正直驚きました。走るなぁとは思っていたけれど、ちょっとこう、あれは想定外の強さでしたね。メンバーにはオープン馬もいましたが、条件的には同レベルの馬が多く、チャンスはあるかなとは思っていたのですが、攻めたときに非常に狭くなってしまい、しかも抜け出た馬に置かれてしまったので、「今回もゴチャゴチャして終わっちゃったな」と思っていたらビュンと来たので、レベルが違うと思いました。この間、力をつけてきたからできたレースなのかもしれませんね。前の中山未勝利では、6着に敗れましたから、馬が競馬を学習しているのだと思います。

-:馬群を割って出てくる勝負根性には、目を見張るものがありました。

大:馬添いの悪さがいいほうに出ているんだと思います。ほかの馬が近づくと威嚇する馬添いが悪い馬は、合わせ馬になるとレースでもハミを取らなくなっちゃうこともある。でも、ユールはちゃんと前に出ていくから、そういう意味ではリーダーシップが強いのでしょう。運動していても、あまり他馬を近づけるとガブっと噛みつきにいっちゃうくらい威張っている。それが競馬の「いざ」というときに狭いところを抜けてくるという、いい形で出ているのだと思います。



-:勝負根性に加え、セントライト記念で見せた切れのある脚色には、とても驚きました。これまで7戦中3レースでメンバー最速の上りタイムを出していますが、そうは言っても切れる脚というより、ジワジワと長くいい足を使える印象でした。

大:僕もずっとそう思っていたんですが、セントライト記念では瞬間的に切れる脚を使いましたよね。「切れる末脚の持ち主」というイメージがなく、まさかあんな脚を使うとは思っていませんでした。ああいう脚も使えるとなると、かなり競馬がしやすくなったと思います。もともと騎手に対して細かい指示する必要のない、乗りやすい馬。距離が延びてもひっかかることはないと思います。

-:菊花賞では、未知の3000mに挑戦します。適性については、どのようにお考えですか?

大:こればかりはやってみなくてはわからないですが、適性はあると思います。今のところは道中ムキになって走ることはないので、低燃費走法でスーっと進み、いいところまでは我慢していけるんじゃないですかね。そこで「うまく折り合ったにもかかわらず伸びなかった」「結果的に距離が長かったかな」っていうのが、過去のいろいろなG1で負けた馬の理由としてよく挙げられていますが、やっぱりそれはやってみなくてはわからないと思います。それでも、血統的にも大丈夫だろうなって思うし、調教師も言っているんですが、ユールはバテたところを見せたことがないんです。そういうタフさ、勝負根性、自在の脚の可能性に期待しています。

-:トライアルに比べ、メンバーはグッと強くなります。

大:皐月賞馬やダービー馬がいるわけではないし、そもそもユールはチャレンジャーでしかない。そういう意味では、気負うことはまったくありません。ただ、トライアルで1着になったわけですから、自信を持っていきたいですね。小細工などせず、ユールシンギングらしい正攻法の競馬をしてほしいなと思っています。


【大塚 哲郎】tetsuo otsuka

勢司厩舎開業当初からのスタッフで、今や勢司調教師の右腕的存在。思い出に残っている馬は、9月に引退したロンギングスター。「能力だけで走ってオープンまでいったんですが、非常に気難しい馬で、ハミ口向きが悪く手綱を緩めても引いてもかかりっぱなしになっちゃったんです。もう手綱、人を信頼しない寸前の、ひどい状態。当然1600万下に降級し、2ケタ着順の常連になったのですが、その間も時間をかけて、蚊が止まるほどの速度でキャンターをしながら、口向きを直すよう調教し直したんです。その甲斐あって、後方待機して差し切るという競馬らしい競馬で1600万下を勝って、有終の美を飾ることができました。時間をかけて手をかければ、馬は必ず変わる。それを改めて教えてくれた一頭です」。


【櫻井 忍】shinobu sakurai

1973年生まれ。大学卒業後、編集プロダクション勤務中に競馬本『pursang』の編集に携わり、2001年にフリーになったのちは『競馬 最強の法則』などのライターとして活動。