アダム

ミナリク騎手の通訳を務めるアダム氏(右)

●2007年ディラントーマスをきっかけに競馬界へ

毎週末、競馬場の検量室前で"パトロール"している隊員。ここ最近よく見かけるのは、F.ミナリク騎手が熱心にファンサービスを行う光景だ。今週も土曜中山10R・韓国馬事会杯で6番人気の伏兵ヨシオ(牡5、栗東・森厩舎)、日曜中山10R・千葉Sでも13番人気ドリームドルチェ(牡6、美浦・根本厩舎)を2着に粘り込ませるなど、その実力、そして性格からファンも急増している。

そんな常に笑顔を絶やさないミナリク騎手を隣でサポートする、1人の男性がいる。この長身の外国人の方が気になるファンも多いのではないか。彼の名はアダム・ハリガンさん。腰が低くて人当たりも柔らかい、こちらも笑顔が絶えない『ナイスガイ』を直撃した。

アダムさんは、西オーストラリアの大都市・パース出身の38歳。競馬とは何の縁もない家庭で育ったという。「パースで競走馬セールがあることも知りませんでした。日本に来るまでは競馬とはまったく関係がなかったんです。日本で競馬の仕事を始めたので、オーストラリア競馬より日本競馬のほうが詳しいかもしれません(笑) 。1997年から長野西高校に1年、ホームステイしたのが初めての来日です」と笑顔で語る。そのキッカケについて「最初はオーストラリアの高校で日本語、フランス語、ドイツ語、どれかを取らないといけなかったんです。正直何も考えず、日本語を取りました。勉強しているうちに少しずつ日本に興味を持ちましたし、当時オーストラリアの高校にいた留学生たちがどんどん英語を喋れるようになってきたのを見て、自分も日本語が上手くなるために留学を決めたんです。その時はまさか、将来日本で仕事をするとは思いませんでしたよ」と当時を懐かしそうに振り返る。

大学入学を機に一度母国に戻ったが、広告の仕事の関係で再び日本へ戻り、東京へ行くこととなる。それから貿易会社を設立。経営しながら通訳の仕事をしていた彼に2007年の秋、転機が訪れる。「JRAからの単発の依頼があったんです。それがディラントーマスのジャパンC来日時の通訳でした」。

ディラントーマスといえば凱旋門賞などGⅠを6勝したヨーロッパ最強馬である。「検疫の通訳をやりました。いきなりトップステーブルとの仕事でした。最終的にジャパンCには出走できませんでしたが、今でもスタッフの皆さんとは交流がありますよ」。これを契機に、翌年ジャパンCに挑戦したマーシュサイドも担当。その後、海外の配合飼料の輸入販売をしているうちに、14年夏に来日したN.ローウィラー騎手の通訳をすることとなった。短期免許騎手の通訳は当時が初めて。「僕は競馬に乗らないので、最初は競馬用語を訳すのが難しかったですね」と当時の苦労を語る。

隊員から見ても、アダムさんは休みがいつなのか分からないくらい精力的に動く。「通訳、ビザ申請、生活面サポート、全部やっています。外国人騎手は上手でも、みんな日本に合うとは限りません。体重について厳しいですし、向こうの騎手は平日もよく乗っていますが、日本は中央競馬だと週末だけです。ジョッキーが日本の競馬の流れに合うかなど、来日前に事前に説明しないといけません。それも僕の大事な仕事の一つです」という。彼は今やK.マカヴォイ騎手T.ベリー騎手ら、香港やオーストラリアのジョッキーなどに"家族同然""とも言える友人たちができた。そして『雷神』とも呼ばれる名手J.モレイラ騎手の通訳も担当している。

●夢は母国G1制覇「メルボルンカップを勝ちたい」

現在は、初めて短期免許で来日しているミナリク騎手を支える。「勝てなくても次に向けて前を向くようにポジティブですね。そしてとにかく一生懸命です。人生が競馬と言うくらい競馬が好きな人。身体の管理やトレーニングなど、非常にプロフェッショナルな方だと思います」と現在担当しているミナリク騎手を絶賛するが、2人はよく食事にも行くなど非常に仲が良い。ミナリク騎手の初勝利時も地下馬道で肩を組んで喜ぶ様子が見られた。

競馬ファンにとって、騎手の通訳という仕事はなかなか馴染みがない職種だろう。「僕はジョッキーの家族に対しても責任があります。僕が責任を持って日本に連れてきているわけですから、彼らがケガをしないようにしないといけません。家族から離れているわけですから。その責任を感じる分、難しい仕事です。でも自分は乗っていないですが、馬が勝った時、少し自分が関係しているので一緒に喜べるのです。チームとして喜びを感じます」と語る彼は、将来通訳を目指す日本の若者に「言葉だけでなく、その国の文化を知ってほしいです。文化を理解することで言葉を更に覚えることができます。だからこそ海外に行ってほしいです。何よりもいい経験、いい勉強になりますよ」と自身の経験を基にしたアドバイスを送る。

そんなアダムさんには目標がある。「母国のビッグレースを勝ちたいですね。ジョッキーたちとの仕事で海外でも結果を出していますが、自分が担当したジョッキーでメルボルンカップを勝ちたいんです。リアルインパクトが勝ったジョージライダーSにも帯同しましたが、あれも自分にとって嬉しかったので!」。そう力強く語ってくれた。

ミナリク騎手から「最近アダムのファンも増えてきているようなんです!」と言われたアダムさんは「日本のファンの応援は優しいですよね。ジョッキーだけでなく、僕に頑張ってね!と言ってくれる方がいるんです。ありがたいですよ」と恥ずかしそうに笑う。人気外国人ジョッキーをサポートする『縁の下の力持ち』がいることを、ぜひ覚えていてほしい。

アダム

外国人騎手を支えるアダム氏