続・北北の話(11/21)

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今年もボジョレヌーボーが解禁となりました。ワイン愛好家のみならず、季節の風物詩として、日本でも広く認知されています。この時期、競馬サークルでも大きな恒例イベントが行われます。JRA日本中央競馬会の最高決定機関、経営委員会が開催され、翌年以降の重要な競馬運営改革、事業計画、組織改編などが決議されるのです。かつては運営審議会と呼ばれていましたが、2007年からはJRA理事長と6人の学識経験者による委員によって構成される経営委員会に変わりました。今回の目玉は「5重勝単勝式投票券」を2011年から導入する、というものです。

「JRAよ、お前もか、てなもんだよ」経営委員会当日、JRA本部につめて記者会見を取材したTC紙のN記者が、相変わらずの横柄な口調で切り出しました。どうやらこの改革には反対のようです。

「いや、馬券の種類が増えるのは別にどうってことはないんだ。ファンがどの馬券を買うか、選択すればいいだけの話だ。ただね、最大2億円の高額配当!!ってなことを売り上げ低迷打開の突破口に、なんて考えるのがけしからん、ということだよ」N記者、辛口です。

5重勝単勝式は指定された5レースの勝ち馬をすべて的中させる、という代物。当然、当たる確率はドドンと下がります。ほとんど当たらない、大抵は全員空振り。売り上げ金は次回以降に積み立てられて、つまりキャリーオーバーとなって、当たった場合の配当金がどんどん膨らんでいくのです。ひと足先に競輪業界が同様の方式の「チャリロト」なるものを売り出し、8000万円というビッグな配当も飛び出しています。

「100円の投資で2億円欲しけりゃ、宝クジを買えばいいんだよ。そんな事を大改革だと言っている限り、JRAに明日はないね。他にやるべきことがいっぱいあるんだよ」

久々にN記者の馬券以外で熱くなる姿を見ました。今では競馬記者ではなく馬券記者となっていますが、かつては競馬マスコミ界でも腕利きのニュースライターでした。競馬会に深く食い込み、ニュースを連発していたのです。特にこの時期、そうです、ボジョレヌーボーが解禁となる頃、経営委員会(当時は運営審議会)で決議される改革案を少しでも早くスクープするという使命に燃えて、不肖・ミスターYともしのぎを削ったものでした。スクープネタは改革案がトップにあげられる前、実務レベルで煮詰められている段階で探りを入れておいて、ほぼ固まった頃合いを見計らってドカンと紙面に打ち出すのです。業務畑のやり手の実務者と日頃から懇意にしていれば、リークもしてくれます。つまり、その改革案にファンがどう反応するか、探りを入れるためです。N記者はその食い込み方が深く、何度も大スクープで先手を打たれて痛い思いをしたものですが、ここ数年はとんとご無沙汰の様子。ニュースへの熱意がすっかり消えてしまったようです。

「所詮、売り上げ増なんてのは、今では夢物語さ。年間4兆円なんて時代は遠い昔、というか異常だったんだ。たくさんあるお楽しみの中から競馬を選択してくれたファンに、もっとやさしくしなきゃならんのだよ。控除率を下げるとか、馬券をたくさん買ってくれた人にはなんらかの形でどんどん還元するとか。競艇ではポイントクラブなんてのがぼちぼち出始めているじゃないか。100円買えば、1ポイント。それが貯まれば、また舟券に投じてもいいし、グッズと交換してもいい。ほとんど当たらない馬券で釣ろうというのが間違いなんだ」N記者の独演会状態です。

「何よりもレースの充実なんだよ。エリザベス女王杯のような無様な競馬をなくすことだな」いよいよ馬券に話題が入ってきました。

そのエリザベス女王杯、クィーンスプマンテがまんまと逃げ切りましたが、N記者にしてみれば、ブエナビスタから大勝負して玉砕したこともあってけしからん、ということになるのです。

「ラップを見れば、別にクィーンスプマンテはリスクを覚悟の勝負に出たわけじゃないんだよ。1000メートル通過が60秒5だぞ。それで大逃げの格好になってしまった。長距離戦ならまだしも、2200メートルの競馬であんな展開になるのはおかしいんだ。すべてジョッキーの責任だよ」と言う訳です。

N記者の怒りもようやく収まってマイルチャンピオンシップに話題が移りました。

「マイル戦ではいくらなんでもあんな無様なレースにはなりっこない。安心して推理できる。競走馬ならぬ強壮馬、8歳にして本格化のカンパニーがスパっと差す!!」いつもより気合いを入れてのN記者のご託宣です。

ボジョレヌーボーの話題がちまたに広がる頃、他紙の紙面にニュースを抜かれていないかどきどきしていた日々を懐かしく思いながら、不肖・ミスターYも引退レースでのカンパニーの激走に1票を投じたいと思った次第です。(第63話終了)