コチラ検量室前派出所

ワグネリアン

ダービーは福永騎手のワグネリアンが優勝

●名手、名調教師が感極まって涙

競馬関係者で、ダービーに憧れない人間はいないだろう。ダービーデーは、ダービーデーにしかない雰囲気が競馬場に充満する。シルクハットにスーツというスタイルの調教師、朝から緊張感の漂うジョッキー…。普段見慣れているはずの検量室も、この日ばかりはいつもと様子が違うものだ。

9Rが終わる頃、2015年生まれの6955頭の中から選ばれた18頭がパドックに姿を現した。いや、17頭か。エポカドーロが立ち止まってしまい、誘導馬シュガーヒルが先導するという予期せぬアクシデントが発生。これもまた、ダービーがいかに他のレースと雰囲気が違うかを表している出来事だったかもしれない。パドックを囲む人の波に飲まれるかのように馬たちのテンションも上がっていく。これがダービーである。

結果から書けば、第85代日本ダービー馬の栄光を掴んだのはワグネリアン(牡3、栗東・友道厩舎)だった。これまでとは違う好位からの競馬を敢行し、皐月賞馬エポカドーロを半馬身差競り落としたところがゴール。鞍上の福永祐一騎手は19度目のダービー挑戦にして初制覇を成し遂げた。

普段の福永騎手はレース後も冷静。コメントを出す時も一言ずつ丁寧に発するほうだ。その福永騎手が興奮し、目に涙を浮かべながらインタビューに答える。初めて見る、不思議な光景。「最後はもう、ただただ気合でした。何が何だか分かりません。フワフワとした、初めての気持ちです」。常に的確な言葉を選んでレースを振り返る人が、こんなに曖昧なコメントを並べる。これがダービーというレースの重み、価値なのだろう。「このままダービーを勝てない、そう思った時もありました」と語るように、キングヘイローに始まったダービー挑戦史は波乱と、苦悩に満ちたものだった。

それを知るのがワグネリアンを管理する友道康夫調教師である。20年以上の付き合いである福永騎手に「何とかうちの厩舎でダービーを勝たせてあげたかった」と語る名調教師は、昨年の秋、東京スポーツ杯2歳Sを制した直後から「ダービーから逆算してローテを組みます」と宣言。朝日杯FSには目もくれず、弥生賞から狙いをダービーに絞ってきた。ダービー終了後、関係者と共に検量室前にやってきた友道調教師の目はすでに赤く染まっていた。号泣に次ぐ号泣。師がここまで泣く光景は初めて見たものだ。すでにマカヒキでダービートレーナーになっている師にとって、今回の勝利は特別なものだったに違いない。

エポカドーロ

ダービーで2着だったエポカドーロ

検量室前に戻ってすぐに友道調教師と抱擁を交わした福永騎手を、検量室の中で最初に出迎え、肩を叩いて満面の笑みで祝福する男性がいた。藤原英昭調教師である。そう、半馬身差で2着だったエポカドーロの管理する調教師である。真っ先に出迎え、祝福する師の姿に、その場にいた関係者のほとんどが心の中で拍手を送ったことだろう。

『知将』で知られる師は日々の調整、そしてレース前の準備がとにかく入念。レース前に自分の足で芝コースを入念に歩き、馬場状態を確認する光景はもはや名物。エポカドーロがパドックに行こうとしないとみるや、交渉し誘導馬シュガーヒルを帯同させる『ウルトラC』を実行するなど、勝利に懸ける執念は誰よりも強い。ダービーという競馬界最高のビッグタイトルをあと一歩で取り逃した直後、勝ち馬と、勝ち馬のジョッキーの勝利を称えに行く……。誰しもができることではない。

5月6日(日)の話。NHKマイルカップ(G1)の表彰式を終えて検量室前に戻ってきた勝ち馬ケイアイノーテックに真っ先に駆け寄ったのが、ギベオンで2着に敗れた藤原英師だった。顔を優しく、笑顔で撫でながら、ケイアイノーテックを祝福している光景は非常に感動的なものだった。もちろん相当な悔しさがあるだろう。それを心の中にしまい、健闘を称える、紳士な師らしい一面を垣間見たものである。現在リーディングトップを独走する藤原英厩舎。快進撃の裏にはこのような師の細やかな心遣いがある気がしてならない。

●自らを責め、謝るジョッキーも

今年も様々なドラマを生んだダービー。2着エポカドーロに騎乗した戸崎圭太騎手は検量室前に戻ってくるなり、「ありがとうございました!すみません!」と一言。悔しさと笑顔が入り混じった表情が何とも印象的であった。

とにかく悔しそうだったのが5着ブラストワンピース池添謙一騎手。「直線で前の馬が下がってきて外に切り替える形になってしまいました……。ラスト1Fしか追えませんでした。勝ち負けする力がある馬です」と自らを責めながら調整ルームに戻っていったのである。笑顔の陣営と悔しさに満ちた表情の陣営が入り混じる検量室前だった。

サンリヴァル

レースを終えたサンリヴァル(左端)ほか

そんな今年のダービーを、特別な思いで見つめる一人の男性がいた。18番枠で夢の舞台に挑んだサンリヴァルの生産者、YSスタッドの斉藤安行さん。競走馬の生産に携わるようになってから50年。過去にオークス馬ウメノファイバー、そして重賞を2勝したヴェルデグリーンをターフに送り出しているが、サンリヴァルは馬産歴50年にして初めてのダービー出走馬だという。

夢の舞台のパドックで目の前を堂々と歩く愛馬の姿を前にして「生まれた頃から立派な馬でしたよ。2つ、3つは勝てるんじゃないかと藤岡先生と話をしていたんです」と目を細める。「ウメノファイバーは小さな馬だったんです。自分で身体を作るタイプでした。性格もとてもキツい馬でね。でも、だから走ったのかもしれません。繁殖入りしてからも孫からヴェルデグリーンや、そしてサンリヴァルを出してくれました。ありがたいですね」と牧場の名前を広めた名牝に対して感謝の言葉が続く。

そんな斉藤さんは昨年、後継者不足もあり、50年続けた牧場を閉めることを決めた。YSスタッドの跡地で生産を始めることになったのが片山晃代表率いるハクレイファーム。良血牝馬の導入し配合も追求するなど、新たな試みに挑んでいる。今年22歳を迎えたウメノファイバーもダイワメジャーを受胎するなどまだまだ元気。来年の春が待ち遠しい。

「小さな牧場にとってはね、日本ダービーという舞台は夢なんですよ。万感の思いです」。パドックの愛馬を見ながらそう語る斉藤さんの夢はこれからも続いていく。そして、今週は安田記念(G1)。また新たなドラマが生まれる。

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