関係者の素顔に迫るインタビューを競馬ラボがオリジナルで独占掲載中!

尾関知人調教師

尾関知人調教師

-:先生、今日はよろしくお願いします。

尾:よろしくお願いします。

-:ブログ拝見しました。

尾:ありがとうございます(笑)。

-:先生は競馬が好きでこの世界に入ったようですが、競馬を好きになったきっかけは何だったんですか?

尾:確か中学受験の前だったと思うので、僕が小学校6年の時ですね。ミスターシービ-が3冠を取ったんですけど、3冠達成をした次の日、新聞の1面になったんですよね。それで「競馬って新聞の1面になるようなことなんだ」って思って。凄いもんだなって。その後、たまたま本屋で月刊誌の「優駿」を立ち読みしたら面白くて。

-:シブい小6ですね。

尾:ちょうどあの時グレード制ができる頃だったので、欧米の全部のグレードレースの体系とか載っていて、こういう風に日本のレースも重賞もグレード制にしますっていうような感じの特集が載っていまして。それを読んで「競馬って世界的なスポーツなんだ」って。

-:日本だけで終わる話じゃなく。

尾:そういう、ひとつの世界を形成してるんだなっていうことに触れまして。馬そのもののカッコ良さにも惹かれましたけど、新聞の一面になったり、世界に通じていたり、社会における競馬のポジションの大きさも含めた部分を知って「これは面白いな」と思ったんですね。

-:なるほど。

尾:それに続いてシンボリルドルフが出てきて、ミスターシービーとシンボリルドルフの対決だとかで日本の競馬自体も凄く盛り上がって。そこで魅力にハマっていったという感じです。

-:そうなんですか。それで競馬に興味をお持ちになって。先ほど中学受験の頃とおっしゃっていましたけど、ブログにも「カトリック系の高校に入っていた」と書いていらっしゃいましたけど、中学から一貫だったんですか?

尾:はい。中学からです。

-:職業として競馬の世界を意識されたのはいつ頃からなんですか?

尾:多分、高2の夏休みだと思うんですけど「優駿」に影響を受けまして。あ、今度は月刊誌じゃなくて、宮本輝さんの「優駿」です。

-:ああ、映画になった「優駿」ですね。

尾:そうです。その原作を読んで「競馬を仕事にしたいな」と思いましたね。特に調教師という仕事に、何かカッコ良さを感じたんですね。

-:あ、最初から調教師がいいなっていう考えがあったんですね。

尾:そういう事を言うと何だかいやらしい感じがしますけど(笑)、やっぱり調教師になりたいなあっていうのは思いましたね。

-:優駿を見て「調教師はいいな」と。ちなみにその前には、何かなりたいものはあったんですか?

尾:何ですかね?弁護士っぽいものもやってみたいなあ、と思っていましたけど、その頃はあんまり勉強はしていませんでした(笑)。

-:そうなんですか。で、高2の時に優駿読んで調教師になりたいな、と。

尾:そうは言っても、競馬の社会に何のツテもないですし、調教師は上の職ですからね。「何かやっとかなきゃ」っていうのがあって、獣医の大学に進もうと思ったんです。それで岩手大学の獣医学科に進みました。

-:ご両親の反対はなかったんですか?中学受験をされるっていうと、将来は学業の路線に進んでいく印象がありますけど。

尾:そうですね。ただ中学受験とかを率先してさせていた母親がちょっともう病床にいたものですから。健在だったら何て言われていたか分からないですけどね。

-:なるほど。そういった状況だったんですか。ちなみに獣医学科に進まれて、大学在学中に「獣医になる」という考えは出てこなかったんですか?

尾:この後どうするかなあと考えて、改めて「競馬の方面に進みたい」と思ったものですから、大学の先輩に和田先生がいらっしゃったので、トレセンに入るご相談させていただいて。

-:「どこか紹介してもらえませんか」と。

尾:それで同じ大学の先輩の方が獣医をされている牧場で、卒業後にお世話になる事になって、ノーザンファームの空港牧場へ行かせていただきました。



-:名馬がたくさんいたんじゃないですか?

尾:ちょうど育成の時にスペシャルウィークとグラスワンダーがいたり、エアグルーヴが帰ってきたりしていましたね。自分が取り立てて触ったわけじゃないですけど、その調整過程を見る機会に恵まれて良かったです。

-:そして競馬学校を受験されて1999年に競馬学校に入学。卒業後、藤沢和雄先生、藤原辰雄先生、和田正道先生、大久保洋吉先生の厩舎で勤務されて、2008年に調教師免許を取得されるわけですけど、調教師試験に合格するのが結構早いと思うんですが。

尾:自分としても早くなれたかな、と思います。一番いい時にっていうタイミングで。これ以上若くして調教師になっても、ちょっと自分自身も逆にしんどかったんじゃないかな、と思います。まだ競馬の社会に入って短いですし、スタッフ共々成長していくような感じですから。

-:厩舎が解散してしまう例も出て来てしまっていますが、それでも「調教師になろう」という気持ちに変わりはありませんでしたか?

尾:まあ、あんまり悪い事は考えないように、と。厳しいのは分かってはいるんですけど、1回きりの人生ですしね。ずっと「やりたい」と思っていた事をやれるところまで来ていましたし。

-:調教師への道はもう目の前にあるんですもんね。

尾:あとは何て言うんですかね、調教師免許を与える競馬会も「どこまで根性を決めてやろうと思っているのか」という事は、かなり重要なファクターとして見ていると思いますからね。そういう部分では隙は見せられないというか、そんな「ちょっと大変そうだからどうしようかな」なんて思ってる場合じゃないですね。

-:確かにそんな弱気では開業しても上手く行かなさそうですもんね。実際に開業してみて、開業前に考えていたのと違った事はありますか?

尾:そうですね。調教師は調教や馬を見ていればいいだけじゃないっていうのは、調教師試験の勉強をしていて分かってはいましたけど、実際やってみて、馬の管理以外の事は凄く比重が高くて大事だなと思います。事務的な要素もいろいろあるので、やっぱり思っていた以上に大変な仕事だなっていう部分はありますね。

-:なるほど。

尾:例えば馬主さんにちゃんとした連絡をしなきゃいけないっていうのも、想像していたよりも大変ですね。電話をかけて、嫌な話を伝えなきゃいけない事も多くて結構しんどいものがありますしね。

-:電話連絡ひとつ取っても大変なんですね。

尾:1頭の馬に関わっている人が多いですから、何箇所かにかけなきゃいけない場合もありますから。思っている以上にやらなくちゃいけないことが多くて、それをやり切れていないところにまたストレスが溜まったり、というのもありますしね。

-:ストレスを溜め込むタイプだと思いますか?

尾:うーん、溜めるといえば溜める方ですかね。

-:気分転換に何かされたり。

尾:気分転換する時間もなかなかね。最近ライブを観に行く時間も作れませんし。ライブの予定もふと気づいたら、もう終わっていたりするんですよね。「このライブ、昨日じゃん」とか(笑)。

-:過ぎちゃって(笑)。この業界はスケジュールが矢のようにぐんぐん進んでいっている感じがありますもんね。

尾:そうですね。週単位で進むので非常に早いですね。

-:早いです。それで競走馬の管理以外で思っていたより大変な面があるという事ですが、思っていたより上手くいったという事はありますか?

尾:そうですね。スタッフとの仕事の進め方に関しては上手く回っていると思います。馬の管理に関してはスタッフがしっかりやってくれているので、僕は要所要所を見ておけば、ある程度任せられる体制になっているので、それは良かったです。自分が「やりたいなあ」と思っていたやり方に、みんながスムーズに対応してやってくれているので。もちろんまだまだやらなきゃいけない、高めていかなきゃいけない部分はあると思いますけど、最低限からそれ以上のレベルではやれてるかなと思います。

-:先生が「こうしていきたい」と考える理想はどのような形でしょう。

尾:自分の担当馬に関わらず、スタッフみんなが厩舎の馬を運動させたり手入れしたり、ちゃんとケアできるような体制ですね。まだ美浦では厩務員1人が2頭を担当しているので、前半後半で1頭ずつ調教されるケースが多いと思いますけど、それでは同じ厩務員の担当馬2頭で併せ馬をやりたい時に出来ないんですよ。

-:人間の都合で馬の調整パターンが制限されている感じですね。

尾:そうですね。そういう制限無く、同じ厩務員の担当馬2頭で併せ馬をやれたり、担当に関係なく運動出来る体制の方が合理的だと思って、そういう形でやりたかったんです。スタッフもなかなか大変だったと思いますけど、今、良い形でやれています。

-:スタッフの皆さんから反発はありませんでしたか?

尾:無かったですね。僕は幸いそういう事はありませんでした。逆に僕のやりたい事を踏まえた上で、「こうした方がいいんじゃないですか?」ってスタッフの方から言ってきてくれる部分があります。スタッフから学ぶ事も多いですよ。僕は厩務員をそれほど長くやっていませんから、ベテラン厩務員の知識を最大限に活かさせてもらったり。

-:先ほどもおっしゃっていたように、人間関係に関しては上手く回っていらっしゃるんですね。

尾:結構ノリのいい人間が多いので(笑)。そういう意味で、最初から上手く仕事自体も流れに乗れたのかな、とは思います。若い世代と上の世代と上手く融合して。

-:理想的ですね。ちなみに厩舎作りにおいて目標としているような存在はありますか?

尾:やっぱり考え方や調教方法や入れ替えなどのマネージメントに関しては、今まで所属させていただいた厩舎で、凄くプラスになる部分が大きいので、そういう良いとこ取り出来ればいいな、と思っています。

-:過去の経験から学ばれて。

尾:そうですね。自分で体験しているので、やっぱりアウトプットし易いですね。あとは、調教師になってから他の調教師の先生と話す機会も増えているので、例えば加藤征弘先生や堀先生たちとチラッと話しをさせてもらって、勉強させてもらっています。やっぱり年々成績上げていらっしゃる先生たちなので、何か聞ける事があったら聞きたいなあって。調教を見ている時に話したり競馬場にいる時も近くに座って話しかけて、ちょっとずつでもエッセンスを取れれば、と。

-:先生からお声をかけて、良い所は貪欲に学びたいと。

尾:それは皆そうだと思います。大竹先生、英一先生、牧先生といった同期に負けたくないという気持ちもありますし、負けたくないという気持ちをさておいても、みんな実際に結果も出しているんで「あそこはどうしてこんなに走っているのかな」っていう事が気になって話を聞く事もありますしね。

-:尾関先生の同期の先生たち、結構なペースで勝っていらっしゃいますよね。

尾:いや、去年の結果だったら十分「意外に勝てたなあ」というぐらいだと思うんですけど、みんなそれより勝っていますからね(笑)。でもまだ正直、偶然の面は否めないと思います。

-:偶然ですか。

尾:例えば自分の厩舎で言えば、厩舎初勝利のノボパガーレやノボジュピター、フリーソウルといった旧西塚厩舎から引き継いだ馬たちが頑張ってくれて、体制を整えるのにだいぶ助けてもらいましたから。

-:なるほど。

尾:今まではそういう偶然の要素が多くて、狙って勝つというところまではなかなか行かなかったんですけど、少しずつ、ある程度狙って行ったところで勝つ事が出来るレースが出てきました。

-:ここは落とせないな、というところで結果を残せるケースが。

尾:そうですね。今年の年明けも、狙って結果が出せた馬が最初に2、3頭いましたから、そういう意味ではある程度、厩舎力が上がって来ているのかな、と思います。

-:いいですね。ところで先生の厩舎は、南関東や盛岡など地方競馬にもどんどん使っている印象がありますが、数多くレースを使っていかなきゃ、と意識をされていらっしゃるんですか?

尾:いえ、使っていかなきゃっていうイメージではないんですよ。結局、馬の適性や能力に合わせて、視野を広げていかなきゃいけないだろうなっていう考えなんです。例えば、中央の番組によっては、ダートが1200mと1800mしか選択肢がない時期って結構あるんですけど、そういう場合に1600mは南関東もあるし、盛岡の1600mは凄く良いコースですから、選択肢のひとつとして考えるんです。

-:適した条件のレースがあったら使いますよ、と。

尾:そうですね。とにかくどんどん数を使っていこうっていうよりは「この馬ならここが良いんじゃないかな」っていう番組を考えながら、あとは馬の調子に合えば使おう、というところですね。

-:地方でも非常に良い結果を残していらっしゃいますね。

尾:盛岡競馬場では、まだ着外が無いんですよ。

-:大学時代を過ごした事もあって、盛岡競馬場で勝った時にはブログでも良い感じの文章が書いてありましたね。

尾:全部読んできたんですか(笑)?

-:いえ、全部ではないです…。あれだけ文章量は全部読めません(笑)。1回のブログを書くのに平均してどれくらいの時間がかかっているんですか?

尾:結構時間はかかりますね。商業ベースではありませんし、一応誰でも読める状況なので、差し障りがないというか、いろいろなことも諸々考えつつ、言葉も選びつつ、となりますから。

-:万人が見るということを意識されて。

尾:そうですね。それは結構考えますね。

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【尾関 知人】 Ozeki tomohito

1971年千葉県出身。
2008年に調教師免許を取得。
2009年に厩舎開業。
JRA通算成績は13勝(10/2/26現在)
初出走:2009年3月 1日 2回中山2日3R ノボパガーレ(14着)
初勝利:2009年4月11日 3回中山5日5R ノボパガーレ


「NO HORSE, NO LIFE !」のキャッチフレーズと共に2009年厩舎開業。2010年は2月末時点で既に6勝をあげる好スタートを切った。 また厩舎キャッチフレーズである「NO HORSE, NO LIFE !」をタイトルにしたブログ(http://ozeking.com/)も公開している。