父の果たせなかったクラシック勝利を!
2010/5/14(金)

古賀慎明調教師
高:よろしくお願いします。
古:よろしくお願いします。
高:先生にサンテミリオンのお話を伺うのは初めてなので、お手数ですけどデビュー前から遡ってお聞かせください。まず、先生が初めてサンテミリオンをご覧になったのはいつ頃だったんですか?
古:千歳の社台ファームで初めて見ましたけど、1歳の夏のときですね。「これがゼンノロブロイの初年度産駒なのか」というのが、その時の漠然とした印象でした。
高:サンテミリオンの父のゼンノロブロイは、古賀先生が藤沢厩舎で助手をされていたとき厩舎にいたんですよね。先生は実際にゼンノロブロイの調教にも乗られましたか?
古:はい、乗せてもらっていました。藤沢先生の厩舎に所属していた馬はゼンノロブロイ以外にも、タイキシャトルやこの前亡くなってしまったバブルガムフェローなどたくさん種牡馬になっていますよね。
高:古賀先生にとってゼンノロブロイはどんな印象の馬でした?
古:ロブロイは入厩前から評判が高かったんですよ。それで、美浦トレセンに入ってくるときに入厩検疫を見に行ったのを覚えています。なかなか全部の所属馬の入厩検疫を見に行くわけではありませんけど、ロブロイは評判馬だったので「どんな馬かな」と思って、検疫厩舎まで見に行ったんですよ。
高:そのときに見た感じはいかがでした?
古:やっぱりオーラがありましたね。カッコいい、良い馬でしたから。
高:ゼンノロブロイはレースが上手な馬だった、という話を聞いたことがありますけれども。
古:そうですね。デビュー戦はマイルを使いましたけど、そのあとは一貫して2000メートル以上の距離で使って、数々のG1を勝った実績がありますしね。スタートして好位で進んで、終い弾けるというレース振りで、センスがありました。
高:そのゼンノロブロイの初年度産駒になるサンテミリオンですが、似ていると感じるところはありますか?
古:牡馬と牝馬なので力強さなど違う点はあると思いますけど、横山典弘騎手が初めて乗って勝った若竹賞のときに「ロブロイに似ている」と言って上がってきたんですよね。ロブロイにも乗っていた横山騎手が「似ている」と言うのだから間違いないでしょう(笑)。
高:2頭に乗った上での評価ですもんね。
古:まあ、顔つきもちょっと似ていますよ。鼻のラインがシュッと細くなっているところだとか。あとは走り方も、最後の直線に入ったところの首の使い方なんか似ていますよね。アゴの角度が伸びるような使い方なんですけど「ロブロイに似ている首使いだな」と思います。
高:そうなんですか。では話を戻しまして、サンテミリオンを牧場で初めてご覧になった後のお話をきかせてください。
古:初めて見たとき「ちょっと華奢な馬かな」という感じもあったんですよ。その後、牧場で育成を進めてもらっている間も何度か見に行っていましたけど「夏競馬など早い段階でデビューする馬ではないんだろうな」という漠然としたイメージがありましたね。育成に関しては社台さんの方で調教を進めていただいて「ゴーサインが出たら厩舎も受け入れ態勢を考えましょう」という感じでお任せしていて、昨年暮れ頃に「そろそろいいですよ」とお話をいただきました。「思ったより早く進んできたかな」という気持ちでしたね。
高:厩舎に来てからはいかがでしたか?
古:ウッドチップコースの1回目の追い切りのときですね、良いキャンターに行って、フットワークを見たときに「あ、この馬は走りそうだな」と思いました。それまでも乗り手から「良い背中はしていますよ」という話は聞いていましたけど「体も華奢だし、どうなのかな」と思っていたんです。でも、1回目の追い切りを見たときに、トビも大きくて綺麗で凄く伸びのあるフットワークだったので「これは本当に走りそうだな」と。その追い切りを見て、内田騎手のマネージャーにすぐ電話をしました。
高:その内田騎手が騎乗されたデビュー戦はどうご覧になられましたか?
古:中山の新馬戦、特に2000メートルは超スローになるのは分かっていましたけど、このレースも本当に凄く遅かったんですよね。スタートはポンと出て、二の脚も良くて先行してそのままでしたけどね。折り合いにも問題はありませんでした。普段の調教でも落ち着いた感じのある馬ですし「この距離からデビューさせていきたいな」と思わせてくれる馬ですね。
高:マイル戦でも短いな、という感じだったんですか?
古:いきなりそのくらいの距離の流れの競馬をさせるのは可哀想かな、という気持ちはありましたね。
高:まずは中距離から、ということで見事にデビュー戦で勝利をあげられて。デビュー戦を使ったあとに、何か今までとは違う変化はありましたか?
古:いえ、特にありませんでした。精神的に落ち着きのある馬ですしね。おっとりしていて凄く可愛い馬なんですよ(笑)。

高:先生、本当にサンテミリオンのことが可愛いんですね(笑)。次の2戦目は若竹賞に出走されましたね。
古:中山1800メートルのレースですね。その若竹賞は日曜日に行われましたけど、同じ週の土曜日に1600メートルの牝馬限定戦があったんですよね。普通なら牡馬のいる1800メートルのレースよりもそちらの牝馬限定戦に使うんですよ。
高:なるほど。
古:でも、デビュー戦の勝ち時計も2000メートルで2分6秒1という凄いスローの流れだったので、いきなり500万クラスで、桜花賞を目指そうというスピードのある牝馬たちと戦わせるのは可哀想かな、と思ったんです。この時点で自分の競馬が出来なくて負けたら悔しいですから、牡馬との混合戦になりますけど、あえて若竹賞を選びました。
高:牡馬相手になりますけど、サンテミリオンにとって合っている、と思われる方のレースを選ばれたんですね。
古:そうですね。相手は関係なく「自分の競馬をして負けるなら仕方ないな」と。そうしてフタを開けてみたらかなりメンバーが強かったんですけど(笑)。
高:あらー(笑)。
古:パドックで見ていたら、凄く良い馬ばかりだったんですよ。「これはまずいところに使っちゃったかな。可哀想なことをしちゃったかな」と思いました。でもその強いメンバーを相手に強い勝ち方をしてくれましたからね。そして戻ってきた横山騎手も「ロブロイに似ている」と言ってくれて。
高:更に先が楽しみになったんじゃないですか?
古:デビュー戦の時計があまりにもかかっていたので「時計勝負になったときにどうなのかな」と思っていましたけど、若竹賞で強い相手に勝ったのは収穫でしたし「この先もやっていけそうだな」という感触は掴めましたね。マスコミにも注目され始めて。
高:桜花賞候補の一頭、と取り上げられたり。
古:そういう記事もありましたね。
高:そして3戦目はフラワーカップに出走されましたけど、いろいろあるステップレースの中でフラワーカップを選ばれた理由はどういうところでしたか?
古:1800メートルという距離にこだわりたいな、というのも少しありましたね。
高:そうなんですか。結果は残念ながら3着でしたけれども、レースを振り返っていかがですか?
古:ゲートの中で少しガタついて後手を踏んでしまったのが大きいと思います。まだ2戦しかしていない牝馬ですしね。結構トリッキーな中山1800メートルでレースの流れに乗り切れずに終わってしまった、という感じです。最後も伸びてきてはいましたけど、やっぱり「流れに乗れなかった」の一言に尽きると思います。
高:レース経験がまだ浅い、ということもあって。
古:そうですね。最初の2戦も随分楽に勝たせてもらいましたしね。
高:なるほど。そのフラワーカップからフローラステークスの間に何か変わったところはありましたか?
古:いえ、馬に変化はありませんでした。ただ中間に「ちょっとゲート練習をしたいな」と思って、北村宏司騎手に手伝ってもらって練習をしました。北村騎手は藤沢厩舎時代に一緒にやっていましたし、ウチの厩舎の馬にも乗ってもらっていますから。
高:頼もしいですね。ゲート練習の様子はいかがでしたか?
古:初めは、馬も不安なところがあったように思いましたけど、北村騎手が、上手く落ち着けるようにしてくれましたね。
高:そして向かったフローラステークスでは、1.9倍の一番人気に応えて重賞初勝利を飾りましたね。
古:そうですね。結果的に、フラワーカップで後手を踏んで道中揉まれながら競馬をしたことが、馬の経験値を上げてくれたんじゃないかと思います。
高:このレースで「東京コースに合っている」という確信を得られたようですね。
古:はい。初めての東京で、しかも一般的に不利と言われる東京2000メートルの外枠で、あまり良い気持ちではありませんでしたけど、あの内容でしたからね。
高:なるほど。
古:横山騎手はいろいろ考えていたんじゃないですかね。スタートを切ってからスッと良い位置を取りに行って出していきましたもんね。

高:レース後、横山騎手とはどんなお話をされましたか?
古:最後の直線を向いてから、ちょっとフラッとしましたので、そういうところを話しました。辛口のコメントでしたね(笑)。それは次を踏まえてのもので「まだまだクリアしていかなければいけないことはあるよ」というコメントですね。
高:なるほど。ところでサンテミリオンは一戦ごとに体重が減っていますね。例えば2戦目の若竹賞のときは体重がマイナス6キロですけど、その間の調教を強めたりされていましたか?
古:特にそういうことはありませんよ。元々僕の厩舎の調教は、数字的にはそんなに強いところはやりませんから。マイナス6キロのときも、体重が減ったというよりは「体が締まった」という感覚でいます。
高:では、特に問題もなく。
古:数字を見ると減って来ていますけど、カイバをしっかり食べてくれていますからね。これでカイバを食べていなかったら心配になりますけど、食べてくれているので「調教を控えよう」とか、そういうことは考えていません。今日(5/12・水)も併せ馬でしっかりとやれる状態でいますし、問題はないと思います。まあ、450キロくらいの馬なので、これから先にパワーを付けてもらいたいと思いますけど、今の3歳春の段階ではこの体をキープして頑張ってくれれば、という感じです。
高:そうですか。「今日の追い切りは併せ馬で行われた」というお話がありましたけど、その内容はどうご覧になられましたか?
古:この馬は、競馬でも上手なレースをするように、調教でも手がかからないんですよ。ムキになるところもありませんし、こちらが与えたメニューを普通にこなしてくれます。だから今日も、フローラステークスが終わってから初めての長めの追い切りになりましたけど、いつも通りの走りでした。最後の1ハロンを切ってからのフットワークは良かったですね。
高:優秀ですね。
古:調教師としては手がかからないので助かりますよね。性格も良くて可愛いし、ましてやお父さんは思い入れのあるロブロイでしょう?もう条件が全部揃っていますよ(笑)。
高:虜にならない理由がないですね(笑)。ちなみにレース当週の調教はどのような形をお考えですか?
古:天気がどうなるか、という問題があるのでポリトラックでやるかウッドチップでやるかは分かりませんけれども、特に変わりなく普段どおりにやると思います。
高:なるほど。さて、オークスは2400メートルに距離が延びます。
古:3歳牝馬にとっては厳しい条件ですけれども、それはどの馬も同じですし、サンテに関して言えば、2000メートルでデビューして1800を2回使ってまた2000に行ったように、距離に関してはこだわりを持って使って来ているつもりなんですよ。とにかくこの2戦目のときに、前日の牝馬限定戦に行かず若竹賞を使ったことが最大のポイントでしたね。これは勝てたから良かったですけど、もし負けていたら「あの調教師は何を考えているんだ」と言われてもおかしくないところですよ。
高:うわー。
古:前日に牝馬限定戦があるんですからね。「そこの分かれ道が大きかったな」と今でも思いますよ。あと、フラワーカップで3着だったので桜花賞へは行けませんでしたけど、負け惜しみではなく、桜花賞へ行かずに中距離をずっと貫き通して来れていることで、オークスでの道中の折り合いに対しても良い条件が揃えられたんじゃないかな、と思いますね。
高:オークスではそういう強みを生かしたい、と。
古:そうですね。だから何とかオークスに出してあげたかったし「出さなければいけない馬だな」と思っていましたから、フローラステークスの勝利は嬉しかったですね。
高:本当に良かったですね。それでは最後にレースに向けての抱負をお願いします。
古:自分に縁のあるゼンノロブロイ産駒の管理馬をG1の舞台に連れていけることに、とても喜びを感じます。ロブロイの初年度産駒は他の馬も凄く活躍していますけれども、自分の管理するサンテミリオンで、種馬としての勲章をロブロイにプレゼントしたい気持ちがあるんですよ。やっぱりロブロイのG1にはずっと携わってきましたからね…。サンテミリオン自体に対する思い入れとして、もちろん勝ちたいしクラシックタイトルを取りたい気持ちはありますけど、プラスアルファの思い入れがあるんですよね。だからこのオークスに対しては相当期するものがあります。
高:血の繋がりですね。
古:これが正にサラブレッドのロマンということだ思います。よく競馬ファンで「ゼンノロブロイが好きだったから、その子供を応援しよう」という方がいらっしゃると思いますけど、そういう気持ちがやっと分かったという感じですね(笑)。
高:素敵ですね(笑)。ではオークス当日を楽しみにしています。先生、今日はありがとうございました。
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■最近の主な重賞勝利 |
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2006年の開業年から管理馬アサヒライジングで牝馬クラシック戦線を賑わす。開業翌年の07年から4年連続で重賞制覇を継続中。10年オークスにサンテミリオンを送り込み、厩舎初となるG1タイトルを狙う。 |
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■出演番組
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2006年から2008年までの2年間、JRA「ターフトピックス」美浦担当リポーターを務める。明るい笑顔と元気なキャラクターでトレセン関係者の人気も高い。2009年より、競馬ラボでインタビュアーとして活動をスタート。いじられやすいキャラを生かして、関係者の本音を引き出す。 |