キズナが勝ったニエル賞を振り返って
2013/9/26(木)
日本中が固唾を呑んで見守り、ゴール寸前まで絶叫し、ため息をついた昨年の凱旋門賞から一年。そのリベンジを果たすためにオルフェーヴル(牡5、栗東・池江厩舎)が、そしてその間に誕生したニューヒーローのキズナ(牡3、栗東・佐々木晶厩舎)がそれぞれの前哨戦をクリアして、最有力馬として今年の凱旋門賞に挑む。二世代の日本ダービー馬がこれだけ順調に世界最高峰のレースに臨めることなど、この先も二度と訪れないかもしれない。今回は世紀の一戦をより堪能するべく、希代の名手・安藤勝己が独自の視点で見所を解説。競馬ラボでは、栗東(関西圏)担当のカメラマン兼インタビュアーとして活躍中の高橋章夫が、アンカツの本音をズバズバと引き出してくれた。
高橋章夫:今日は僕の名出しで安藤さんとの「凱旋門賞展望」ということで、よろしくお願いします。まずは、ヨーロッパの競馬というか、競走馬の馬体をどう見ていますか。日本、そして、アメリカとも馬っぷりの面では、全然違うと思うのですが。
安藤勝己元騎手:パドックで馬は全然よく見えないもんな。昔からそう思っとったけど、それでもモノが違うからね。まあ、アメリカの馬は筋肉質で立派な馬が多いやろうけど、ヨーロッパの馬は“何でコレで走るかな?”という体をしているよね。
高橋:ヨーロッパの馬はどちらかといえば痩せすぎで、かといって、(小柄な)ディープインパクトなんかとも、ちょっと違うような馬体で。
安藤:貧弱な馬が多い感じやね。どこかバランスも良くねえ馬が多いんやけどなあ。不思議とヨーロッパの馬って、形が好きになれんよな。だけど、走る。
高橋:今年の前哨戦は前日に結構、雨が降ったそうなんですけど、テレビ画面からはそう感じられませんでしたね。
安藤:わからないもんね、見てるだけじゃ。時計もこんなに遅いんかなと思って。それでも楽勝やわな。
高橋:日本で例えると、ロジユニヴァースがダービーを勝った時は、めちゃくちゃ馬場が悪かったじゃないですか。それでも、あの時より、遅いんですよね。あの時は2分33だったと思うので、そこから4秒ぐらい。
安藤:テレビで見とると、キズナの2着の馬(ルーラーオブザワールド)が、ああいう馬場が得意やって言っとったけど、映像を見たら、そんなに悪く見えねえけどな。だけど、反対にああいう馬場をこなしたということは、次にあれ以上は悪くならんと仮定をして、プラスやね。もうちょっと良い馬場になったら。
「日本人の騎手、日本人の騎手の競馬で、凱旋門を勝つイメージがなかなか湧かないね」
高橋:一番、ニエル賞(G2)から凱旋門賞で変わる要素は、頭数だと思うんですよ。例年だと、あそこから倍ぐらいの頭数になるじゃないですか。その場合にああいうスンナリとした競馬で、邪魔も何の不利もなくという競馬ができるかどうかが、キズナ(牡3、栗東・佐々晶厩舎)にとってのポイントだと思うのですが?
安藤:それとユタカ(武豊騎手)は間違いなく外を回るからね。この前も向こうの外国のレースとしては、ちょっと早く外に出し過ぎているんだよね。直線に向いても、まだまだバンバン内を狙ってくるから。だけど、自然に出しちゃうよな、日本の騎手はやっぱり。ああいう競馬に慣れてねえから、安全な方、安全な方に行っちゃうから。
高橋:逆に前哨戦だからといって内に行ったら、今度は出してもらえないのが確実でしょうから。そう考えたら、凱旋門賞の前哨戦としては、ニエル賞で現地の騎手が、あまりユタカ騎手のことを閉めにこなかったというのが、僕は非常に気持ち悪くて、“ここは前哨戦だからどうぞ(勝ってください)~”という、外国勢の匂いをすごく感じたんですが?
安藤:凱旋門賞を見ると、もっと競馬が厳しいからな。(馬群が)おしくらまんじゅうみたいになっているから。

高橋:だから外を回ると仮定して、もっとセコく内をこじ開けてくる外国人ジョッキーがいた時にどうなのかなと。その辺りで安藤さんはどう思われますか?
安藤:やっぱり頭数が増えるからね。あんな楽な競馬はできないだろうけど、能力的には十分にあれで示したから、その点だよな。その上で、ユタカも勝つ気で乗る訳じゃない?絶対に安全な方に行くから、内には絶対に突っ込まないし、それで勝てるのかというのは、正直イメージはあんまり湧かないよね。ユタカどうこうじゃなく、日本人の騎手、日本人の騎手の競馬で、凱旋門を勝つイメージがなかなか……。
高橋:もう一枚、いい意味でのセコさ、したたかさというか?
安藤:それに向こうの競馬にもっともっと完全に慣れちゃわないと。
高橋:馬だけじゃなく、人も?
安藤:そうそう。

高橋:過去の凱旋門賞を見ると、日本でいえば印象的なディープインパクトの年にハリケーンランなど、人気を集めていた馬でさえも、ディープインパクトをマークさせて、他の馬が勝つという競馬というか、軽量の馬が勝ってきた歴史がありますね。
安藤:厩舎はそういう何頭か出したら作戦とか、やっぱり日本人に勝たせたくないというのはあるけど、そこまでの深い策はないと思う。それと向こうは、あくまでも“前哨戦は前哨戦”という感覚で馬も作ってきているから、今回のキャメロットのように簡単に出走を取り消したり……。あれって、日本ではありえんことやろ?前哨戦に懸けてないのがわかるよなあ。そういうことができないもん、日本では。
高橋:そんなことをしたらね……。日本では「出る」と言ったら、基本はどんな状況でも出ないといけないし。
安藤:それぐらいの感覚で競馬を使っているのだから、前哨戦で日本のひと叩きとは違うレベル、軽く次の事しか考えないで、競馬に使っていると思うよ。
高橋:そういう意味で、先ほどパドックのお話があったんですけど、僕は見ていて、すごくユルいというか、まだ仕上げていない前哨戦ならではの重さみたいなのを感じたんです。安藤さんから見て、外国馬の仕上がりというのはどうですか?
安藤:正直、わかんねえけどね。ずっと見てきている馬じゃねえから。ただ、外国の馬は体で言ったら、たいしたことはねえけど、何が良いかと言ったら、みんな精神的にドッシリしている。それはなかなか日本ではないから。でも、オルフェーヴルは去年より遥かにドッシリとしている。調教を見ていても、平気で1頭で走っているし、先頭に立って返し馬に行っているから。あれがすごく変わったとこかな。キズナも精神的に良いモノを持っていると思う。普段を見てきていないから詳しくはわからないが、競馬のパドックとか、ダービーの時なんかを見ていても、ドッシリとしているね。

高橋:普段はトレセンで歩いているときに写真を撮ろうとすると、すごく暴れるから、「ゴメンね」と、謝らないといけない感じの馬ですよ。
安藤:そういうのは多分、ヤンチャでやるタイプだと思うよ。脅かしてやるとか、気が強くてやるだけで、気が小さくてビビってとか、昂ってやるんじゃない。だから、ああやって本番に行くとドシッとしている。人を威圧したり、そういうタイプの暴れるヤツだろうから。嫌なことにはパッーと怒ってやるとかね。
高橋:ニエル賞を見た感触ではキズナの強さは目立ったけど、逆に言うとマークされる立場になったかなと?
安藤:それは言えるよね。
高橋:それが勝利から遠ざかる可能性がある要素ですよね?
安藤:この前の流れ自体は頭数も少ねえし、いかにも不利のない競馬をしていたから。安全なレースで外に出しても3頭分ぐらいだよ、外に出したといってもね。普通じゃなかなか、海外じゃああいう勝ち方はないからね。不思議にコレで大丈夫という、追ってからしか動かねえから、海外の馬は。去年の凱旋門のオルフェでもそうだけど、楽をして4コーナーを回っていって、あれがかえって本番は怖いなと思って。あんな楽をしていたら反対に周りにいるのが、何かするんじゃないかと思うよ。
「オルフェーヴルは去年より遥かにドッシリとしている。
キズナも精神的に良いモノを持っていると思う」
高橋:ペースの話を聞きたいんですけど、本番もペース自体は流すと、差し馬に有利な展開になってしまうので、あれ以上、流れるというのは、あまり考えにくいんです。途中からは速くなると思うんですよ。フォルスストレートから直線ぐらいまでで、もっと動いてくるから、全体の時計は同じペースでも、乗りにくさというのは若干、上がってくると思うんです。キズナは折り合うじゃないですか。折り合うのに引っ掛かる馬をなだめるというオルフェーヴルみたいなタイプと違って、どっちかと言えば、乗りやすい馬であのコースを走るというのは、安藤さんからしたら、どういうイメージを持たれますか?
安藤:あれでも出遅れて行っているから、ちょうど良いだけで、ある程度、出していったら案外、行くんやわ、あの馬。1回、3番手ぐらいに行っちゃって、ペースが遅い時に。ラジオNIKKEI杯でユタカが初めて乗った時だけどね。あれで失敗をして、それから下げるよう、下げるようしているけど、随分と覚えたのかもしれないね、競馬自体をね。

高橋:確かに出し方自体はちょっとポコンとしていましたからね。
安藤:あれの方が良いわ。ああいう風に出してちょうど良かったと思うし、今度も多分、あんまり出していかないと思うしね。それで、この前は枠も良かった。内の方で頭数が少ないあの枠は一番乗りやすい枠やと。
高橋:逆に頭数が多くて同じ枠だったら?
安藤:周りがギッチリ押し込んでくるようになる。
高橋:多分、日本馬は内枠になると思うんですよ。
安藤:そうかも知れんね。フフフ(笑)。
高橋:あのレースを実際にライブで見ていると、ルーラーオブザワールドが一瞬、勝ったのかと思いましたよね。
安藤:一瞬ね。でも、俺は“ちょっと残っているんじゃねえかな?”とも思ったんやけど。
高橋:ライアン・ムーア騎手が「勝った」と言っていたから、ユタカさんは2着だと思ったみたいで、結局、勝ったのを知って驚きましたけどね。
安藤:まあ、(1・2着)どっちでも良いんやろうけどな。正直、トライアルだから、賞金もしれてるし。
【安藤 勝己】 Katsumi Ando
1960年3月28日生まれ 愛知県出身
76年に笠松競馬でデビュー。78年に初のリーディングに輝き、東海地区のトップ騎手として君臨。笠松所属時代に通算3299勝を挙げ、03年3月に地方からJRAに移籍を果たす。同年3月30日にビリーヴで高松宮記念を勝ちG1初制覇して以降、9年連続でG1を制覇。JRA通算重賞81勝(うちG1 22勝)を含む1111勝を挙げ、史上初の地方・中央ダブル1000勝を達成した。13年1月惜しまれつつ騎手人生に終止符を打った。今後は「競馬の素晴らしさを伝える仕事をしたい」と述べており、さらなる競馬界への貢献が期待されている。
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【高橋 章夫】Akio Takahashi
1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。
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