重賞メモランダム【ダービー】

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意外性に富んだダービーとなった。史上最高のメンバーともいわれたなか、レースは滅多に見られないスローで流れる。ハナを主張する馬が見当たらず、押し出されて先頭に立ったアリゼオ(13着)が刻んだラップは、1000m通過が61秒6。驚いたことに、そこから13秒5にスローダウンし、13秒1、12秒9と続く。

どの馬も脚をためるだけため込んで、直線の勝負に。先へ行った馬から順番に仕掛けていけば別だが、こうなると先行勢は逆に苦しい。当たり前だが、馬は急にはトップギアへと替えられないからだ。ラスト3ハロンは11秒3、10秒8、11秒3。

そこへ至るまでの過程がより大切となる。いかにロスなく走り、スムーズな助走をしていたのか、それが勝負の分かれ目になった。勝ちタイムは、トライアルの青葉賞より2秒6も遅い2分26秒9。最下位のシャイン以外は34秒以内の上がりを使った。距離適性など関係ない。

ただし、優勝したエイシンフラッシュ(牡3、栗東・藤原英厩舎)が残した上がり32秒7は価値が高い。名前に違わぬ〝閃光〟のような脚だった。すべてが理想的に運んだとはいえ、誰もが特別な思いを寄せるダービーで、最高のパフォーマンスを演じたのだ。

「じっと追い出しを待ち、それで届かなければ仕方がないと。手応えどおりに鋭く反応してくれ、ゴール前では『やった』と思った。それでも、まだ勝てた実感がわかなくて。このレースに勝つのが夢で、JRAに移籍してきた。今年はケガなどもあってもどかしい思いもしたが、願いがかなって感無量。これからはダービージョッキーの名に恥じないよう、精進していきたい」
内田博幸騎手は謙虚に話した。一団の馬ごみで、ぴたりと折り合わせたことが最大の勝因。「すばらしい馬が、すばらしいデキ」と鞍上も感じ取っていた。皐月賞(3着)では、これまでのイメージを打ち破る伸びを見せていたが、これほどの瞬発力を秘めていたとは。この間の進歩も目覚ましいものがある。

開業10年目を迎えた藤原英昭厩舎の確かな手腕が、同馬を頂点へと導いた。近3年で117勝と右肩上がりに実績を残し、早くも通算273勝に到達。その中身は非常に濃い。07年、08年には最高勝率調教師賞を受賞しているように、「一戦必勝」が合言葉。効率的な厩の回転で安定した出走数を確保する運営が主流となっても、徹底的に馬づくりを追求してきた。

「こちらもやるべきことはやったが、もともと素材が抜けていた。初めて見た当歳の後半でも、奥深さを感じるたくましい馬体。それなのに、ヨーロッパ系らしからぬ軽さも併せ持っていたもの」
と、師は出会いの瞬間を振り返る。社台ファームで誕生していても、イギリス2000ギニーの覇者である父キングズベストの産駒。ドイツ産のムーンレディ(その父はプラティニ、独セントレジャーなどグループレースを4勝)を母に持つ持込馬である。

「デビュー戦(7月12日の阪神、芝1800mを6着)は、体質面や脚元に注意しながらの仕上げ。練習的な意味合いが強かった。その後の放牧で狙いどおりに成長したよ」
しっかり乗り込めるようになり、10月11日の未勝利(京都の芝2000m)で初勝利。折り合いを欠いた萩S(3着)の経験もプラスに働かせ、エリカ賞で2勝目をつかむ。初の長距離輸送に加え、未体験の中山コースに替わった京成杯も制し、クラシックへの挑戦権を手にした。派手に突き放すタイプではなく、着差はハナだったが、ラストに向けてラップが上がる決め手比べ。この予行演習も、後に生きてくる。

「鼻肺炎による熱発があって、皐月賞へ直行。厳しい条件を跳ね返して3着し、これならばダービーを狙えると意を強くした。結果的にいいローテーションとなったのかもしれないね。精度の高い仕上げができ、ジョッキーには『勝負して』と伝えたよ。ポジションを取りやすい1番枠を引き、運もあった。昨日の金鯱賞では、ダービーにも駒を進め、愛着が深かったタスカータソルテが予後不良となったが、天国から後押ししてくれたのかもしれない」
トレーナーは感慨深そうな表情。ときとして思わぬ悲劇に遭遇するのも競馬だが、純粋な情熱があれば、勝利の女神は必ず微笑んでくれる。この喜びを未来につなげ、ジョッキーだけでなく実力派ステーブルも、一段とスケールアップすることだろう。

クビ差の2着には、ローズキングダム(牡3、栗東・橋口厩舎)が入線。JRAの重賞を78勝(うちGⅠを8勝、海外でも06年のドバイシーマクラシック(ハーツクライ)やゴドルフィンマイル(ユートピア)を勝ち取るなど、輝かしい業績を残してきた橋口弘次郎調教師だが、
「競馬人にとって、1年の締めくくりは有馬記念じゃなくてダービー。いまだに遠くにある夢なんだ」
と語り、その制覇を最大の目標に掲げてきた。史上最多の17回目の出走で、ダンスインザダーク、ハーツクライ、リーチザクラウンに続き、これが4度目の準優勝となった。

「上がり勝負は向くんだが。あと一歩だっただけに残念。でも、いい競馬だったよ」
勝負とはなんと非情なものか。だが、「筋金入りの夢追い人」と呼びたくなる師のこと。来年の今日に気持ちを切り替え、新たな意欲を燃やすはずである。
持ち味を最大限に引き出した後藤浩輝騎手も、悔しさをぐっと抑えていた。

「究極の躍動感を味わった。すごい馬だとほめてあげたい」
中間に挫跖するアクシデントがあり、出走さえ危ぶまれたことを思えば、改めて実力の高さを示す内容。秋以降も目が離せない存在となろう。

皐月賞馬のヴィクトワールピサ(牡3、栗東・角居厩舎)がコンマ3秒差の3着。
「抜け出すタイミングは理想的だったし、前も開いたけどね。弾けなかったのは、道中で力んだぶんなのかもしれない。これがダービーの難しさなんだろう」
岩田康誠騎手は、落胆を隠そうとしない。前走の感触を大切にしすぎた結果ともいえるが、今回は上位2頭の完璧な走りに敗れたかたち。

4着のゲシュタルト(牡3、栗東・長浜厩舎)は、気性の難しさが緩和され、見せ場をつくった。まだ奥がありそう。5着に敗れたとはいえ、前が壁になるシーンがあったルーラーシップ(牡3、栗東・角居厩舎)も、今後の逆転が見込める逸材。異例の浅いキャリアで晴れ舞台に駒を進めた7着、トゥザグローリー(牡3、栗東・池江郎厩舎)だって、これからが伸びる時期である。

ヴィクトワールピサと人気を分け合ったペルーサ(牡3、美浦・藤沢和厩舎)の敗因ははっきりしている。
「ゲートの弱点が出てしまった。まだ若い馬だからこんなこともある。展開も不向き」(横山典弘騎手)。

この世代は、やはり役者が豊富。特殊な流れゆえに、明確に実力差が示されたわけでなく、ここが戦いの終着点でもない。上位拮抗の様相のまま、次のドラマがスタートする。