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安田翔伍調教助手

香港スプリント連覇を達成

-:過去ベストコンディションのレースというのはどこでしたか?

翔:やっぱり最後の香港スプリントでしたね。去年のスプリンターズSの時なんかは、いい状態だったんですけど、気温が高かったこともあって、本調子という程ではなかったです。その時点では「マイルCSも行くかも知れない」という風に聞かされていたので、そこでスプリント仕様で仕上げきってしまったら、マイルで折り合いが最低限の条件になってくる中で、ちょっと攻め切れない部分も正直ありました。

-:それはしょうがないですよね。スプリンターズSから、マイルCSを考えずに香港スプリントというのが当初からあったら、また違う仕上がりになっていましたよね。

翔:違ったでしょうね。あったらもう少し馬を怒らせられたんでしょうけど、そういうこともしなかったですし、若干、安田記念の時にやっていた一完歩を大きくするためにコースで乗るようなこともやったりしていたので、あの時はマイルという距離が頭にあったんですが、最後の香港は引退レースというのもあって、その後のマイルなどの可能性を考えなくてよかったので、イレ込まない程度に、最大限に攻めることができました。それに「こういう雰囲気に馬を持って行きたいな」というコンディションに持っていく調教ができたという意味では、やっぱり香港スプリントが一番良かったですね。

-:香港は現場で応援に来てくださった会員の方やファンの方もいらっしゃったんですが、多くの人はテレビ観戦だったので、香港の競馬場の雰囲気というのを教えていただいていいですか?

翔:僕らは競馬当日しかあっちには行かないんですが、競馬に行くたびに熱気が凄いのは強く感じますね。日本に負けないくらいの熱気は感じますし、僕らの行っていない普段の週末もそういう感じらしいので、そういう点ではやっぱり向こうのほうが年間を通しての盛り上がりは上回っているのかなと思います。

-:香港は競馬以外のギャンブルが認められていないので、そこでみんな発散しているのかもしれないですね。(検疫用に隔離される)国際厩舎に関してなんですけど、調教時間が区切られていて、現地の馬たちと、遠征してきた馬たちとの時間は、はっきり分けて調教されていたんですよね。一番気になったのは、日本馬にとって香港の芝コースは結構スタミナを要求されるという風に聞いていた割には、そこまでではなかった部分です。

翔:芝は函館のほうが全然重いです。芝の密集度は確かに生え揃っていて、適度に良いクッションなんですけど、重さはないですね。日本馬でも全然対応できるだけのものです。乗っていたら、3コーナーから4コーナーにかけて、凄く下っているんです。向こうの人が言うには、スタンド側の地盤が少し沈下しつつある、ということらしいですが。そこで脚を使うことが、ゴール前でタフになる要素なのかなとは思いますね。


「こういう雰囲気に馬を持って行きたいな、というコンディションに持っていく調教ができたという意味では、やっぱり香港スプリントが一番良かったですね」


-:日本馬にとって一番の難関というのは、香港の内馬場にもありましたが、実はオールウェザートラックなんじゃないかと思っています。

翔:あれは相当硬かったですね。

-:僕が思ったのは、あれを調教に使うには、もう2~3ランク柔らかくしないと、引っ掛かる馬の場合、調教しだしたら猛時計が出てしまうような馬場で。故障も怖いですし。

翔:コーナーもキツイですしね。あそこでレースをしているのを見て、ビックリしましたからね。カレンチャンで初めて香港に行った年に調教で使ったんですが、全然クッションが悪いし、音が硬いと感じました。ポリトラックというわけではないし、結構キックバックもくるし、何なんだろうな、と思っていたところ、その日にホテルでテレビをつけたら、あの内馬場で競馬をしていてビックリしましたよ。

-:芝コースの内にあるということは、よりタイトなコーナーになりますよね。

翔:乗っていると、もう凄いですよ。4コーナーは下っていて、4コーナーの外にゲートがあるんですよね。突っ込みそうで怖いんですよ。なので負荷をかける調教は芝でしかやらなかったですね。

-:日本から行くのであれば、日本である程度仕上げておいて、向こうで追い切るなら微調整にしないと良くない感じですかね。

翔:そうですね。向こうは鍛えられる施設ではないので、いかに状態を維持できるかという感じになってきます。


シャティン競馬場のオールウェザー


-:そういう施設の中で、ロードカナロアは最後の一戦に向けて調整をしていた訳なんですが、あの時というのは、結構強めに調教されていたんですね。

翔:ある程度心肺機能なんかも、獣医さんに見てもらって合格点をもらっていましたし、僕が乗っていても、いつになく息の入りがいいなと感じていたので、もう向こうでは、あとは気持ちの面を当日から逆算して、レースにぶつけられるようにすればいいなと思ってたんですが、落ち着きすぎている印象で、去年はカレンチャンが見えなくなっただけでもワーワー騒いでいたほどだったので、少しうるさくするには丁度いい環境かな、と思っていたら、1頭になってもずっとボーっとしているし、運動の時も日本に居る時と同じくらいで。

言ってみればほぼ滞在競馬なので、もう少し爆発させるような気合乗りが欲しいかな、とは思っていました。まあ勝手に出てくるかなと思って、1年前は芝コースに入れた時に2コーナーまでハッキングして、そこで一回止めて、気持ちを乗せながらキャンターをおろした時に、凄い手応えで引っ張りっぱなしで来られたので、芝に入ったら勝手に競馬モードになるかなと思って、2コーナーまで行ったんですよ。そうしたらカッカしてきて「あ、大丈夫やな」って思ったんですが、下ろしたら「アレ?」ってなって(笑)。

ズブさはなくて、行きたがってはいるんですが、僕の知っている範囲では、行儀が良すぎるというか、折り合いすぎていて、ちょっとこれは攻めたほうが良いのかなと思って、急遽直線で切り替えておっつけたんですけど、そこでようやく気持ちが入りましたね。前日は喧嘩する調整を出来ましたし、競馬の1~2日前くらいから、馬房に入るのが危険なくらい競馬モードに入っていました。



「最初に香港に行った後くらいから、日本に帰ってきてもどっしりと構えるようになったので、精神的に成長したんだろうなという風に思います」


-:日本はその当時は寒かったですが、香港はかなり暖かいので、結構な気温の差があったと思います。馬にとって、その気候の影響というのはどうでしたか?

翔:カレンチャンの時は、それがいい方向に出ましたね。代謝が良くなって、状態も上がって行きました。カナロアはやっぱり暑さが苦手なので、そこだけは日本に居る時から気をつけて、飼料を暑さに対応出来るように換えたりして、対応しました。

-:人間で言うところの、スポーツドリンクのような。

翔:そうですね。電解質を身体に浸透させるためのものです。でも1年前は、思っていたよりも気持ちの面でカバーできていたので。1週前に入る滞在期間が、ちょうどいいんだと思いますね。厩舎が冷房完備ですし、調教する時間帯がそんなに暑いわけでもありませんしね。

-:周りが海外の遠征してきた実力馬だらけですが、その中でのカナロアの表情や動きというのはいかがでしたか?

翔:動じることもなく、全く一緒でしたね。最初に香港へ遠征した時は、ダクやキャンターで身体をほぐしているだけで暴れていたところが、今回は多分、香港にいる間で一回も暴れませんでしたね。

-:それくらい肝っ玉が据わっていたということで。

翔:最初に香港に行った後くらいから、日本に帰ってきてもどっしりと構えるようになったので、精神的に成長したんだろうなという風に思います。



引退レースで調教の感触と競馬が一致

-:最初から注目されていて、先々楽しみな馬ではありましたが、思い描いていた通りの活躍をしてくれたという。そこまで上手くいく馬というのは、なかなかいないんじゃないでしょうか?

翔:自分たちで先の目標を設定はしますが、その通りになる馬というのは少ないです。勉強にもなりますし、馬が賢かったのは助かりました。逆に僕たちの足りない部分を、馬の賢さが補ってくれたくらいです。

-:ご存知のとおり、香港スプリントを僕は現地で観ていました。意地悪な言い方かも知れませんが、他の馬が弱すぎるのかな?と思うような、1200mとは思えないくらいの着差がつきましたね。

翔:僕も相手関係は分からないんですけど、現地のジョッキークラブの人に聞いたら、その日の1レースか2レースに同じ距離でレースがあって、それが日本で言うところの1000万クラスに該当して、その時計と比較すると、香港スプリントの2着馬も充分G1クラスのパフォーマンスは見せているそうです。だから少なくとも、それを上回る走りはしているんだろう、とは言われました。香港のコースも合っているんだとは思いますけどね。

-:4コーナー手前で、ほぼ勝ちを確信したというところから、あそこまで着差を離す走りを見せました。

翔:今までも日本でスプリント戦を走るときは、スパンと反応してくれない面があったじゃないですか。ああいう反応が少し鈍くなる時でも、調教の動きは凄く良かったんです。香港の前日の調教は更に凄い手応えで、これで反応が鈍いようだったら、よっぽど競馬に行ってとぼけてるというか、ズブさを出す馬だったんだな、そんなに違うものなのかな。という風に思っていたら、競馬でも今回は物凄く良い反応で、ジョッキーも上がってきた後「抜けだしたら直線で遊んでしまうイメージがあったからガンガン追ったけど、直線手前が一番キツかった。合図したらすぐに反応して、なんで今までこれやらんかったんや!」と言っていました(笑)。僕としても、初めて調教の感触が競馬と一致しましたね。


「安田記念や高松宮記念、スプリンターズSの後は、もう口取りで全然息を切らしていなくて、カイバもペロッと食べていたんですが、去年の香港スプリントの後はカイ食いが上がっていましたから、やっぱりちゃんと全力で走ったんだなと」


-:一般ファンからすると、今までのイメージと違うレースだという感じがしました。

翔:さっき「その後にマイル戦がないから、イレ込まない程度に攻められた」という風に言ったんですが、もしかしたら今までももっと攻められたのかも知れないな、という反省点もありますね。どうしても気性的に、怒りすぎてしまうとマイナスに働くのがイヤということで、どこかでセーブしていた部分もあったのかもしれないし、そういう意味では、過去の勝ったレースも含めて、もうちょっと攻められても良かったのかな、という反省も同時にできたレースでもあります。

-:その辺りの経験というのは、これからの馬作りにも活かして行けそうですね。

翔:活かしていかないといけませんね。安田記念や高松宮記念、スプリンターズSの後は、もう口取りで全然息を切らしていなくて、カイバもペロッと食べていたんですが、去年の香港スプリントの後はカイ食いが上がっていましたから、やっぱりちゃんと全力で走ったんだなと。心肺機能が良いので、息の入り自体は良かったんですが、身体的には出しきったんじゃないですかね。

-:調整も全て含めて、香港スプリントの時は出しきれる状態になれていたということでしょうね。

翔:今までは競馬で全力を出さなかった分、飼い食いにも影響がなかったのかも知れないですけど、今回は本当に「競馬を走ったんだろうな」という。どこも痛みなどは無かったんですが、カイ食いだけが初めて上がったので。



-:これだけ走る馬を担当していて、安田厩舎が素晴らしいなと思うのは、大きな怪我がないということだと思います。それというのは、やっぱり厩舎力という部分でしょうか?

翔:担当の方がきちんとケアしてくれているというのもありますが、育成段階からしっかりとした状態で送り出して貰っていることなど、色々な過程もあると思います。馬の体調に合わせて、無理をさせない方針を、オーナーにも理解していただいてもらえているというのも、要因のひとつだと思いますけど、馬が丈夫なんじゃないですか。

-:故障するかしないかというのは、紙一重の世界です。

翔:カナロアは特に怖かったですね。身体をちゃんとコントロールできないのにも関わらず、物凄い時計を出したりするので「やめて~!」という心境でした。「バッキリいったりすんなよ」と思いながら、こちらは辺に動かないようにしていました。

-:乗っている翔伍さんが、そういう面に一番気を使ったと思うし、坂路の馬場が悪い時なんかもありましたよね。

翔:むしろ馬場が悪い時の方が、時計が出ないからこっちは楽なんですよ(笑)。だから速い時計を出すときでも、コースを乗って負荷をかけて、あんまり速い時計を出さなくても良いように喧嘩してという。最後の方は出来るだけ猛時計は出さないようにしていたので。

-:その辺は馬券ファンからすると、終いの1ハロンが最速だったから好調であるだとか、調教時計で調子を判断したりもするじゃないですか。でも調教というのは、そういうことではないんですね。

翔:やっぱり乗らないと僕たちは分からないですね。全体時計が55秒で、終いが13秒台だとしても、感触として「良い」と思う馬は良いですし、逆に調教でそういった良さを見つけることができる人というのは、凄いなと感じますね。僕らも乗らないと分からないので。

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【安田 翔伍】 Syogo Yasuda

昭和57年7月8日生まれ。高校時代にアイルランドに渡り、本場の馬乗りを経験。1年間の修行を経て帰国後はノーザンファームへ。その後、安田隆行厩舎に入り、フィフティーワナー、カレンチャン、ロードカナロア等の活躍馬の調教を担当する。
父は安田隆行調教師、兄は同じ安田厩舎に所属する安田景一朗調教助手。兄と共に厩舎の屋台骨として活躍している。


【高橋 章夫】 Akio Takahashi

1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。