女性ジョッキー国内歴代最多の626勝を挙げ、2011年に惜しまれつつも現役引退を果たした宮下瞳騎手(愛知)。その後は2人の男児を出産し、母として過ごしていたが、突如として、この8月から騎手へと復帰を果たすことになった。女性騎手が脚光を浴びるいま、第一人者が復帰を決意したワケとは?その胸中と今後の展望について語ってもらった。

家族の言葉で騎手復帰を決意

-:騎手免許合格おめでとうございます。

宮下瞳騎手:ありがとうございます。

-:最初に合格の知らせを聞いた時の素直な感想から教えていただけますか?

宮:それはホッとしました。学科試験もそうなのですが、実技試験も正直、大丈夫かな、と半信半疑な部分もあったので、嬉しさよりもホッとした気持ちの方が強かったです。

-:試験は1回目で合格だったということですか?

宮:ええ。

宮下瞳

-:復帰を考え始めた時期と、具体的な理由もお聞きしたいのですが?

宮:去年の夏ごろですが、私が馬に乗っている写真を息子が見て、「これ、だれ~?」と言うので、「ママも馬に乗っていたんだよ」と言ったら、その時に「ママが馬に乗っている姿を見てみたい」とボソッと言ったので、"ああ~そうなんだ"と私も不意に思って。"子供もいるし、騎手になるなんて無理かな"と思いつつも、その言葉を聞いた途端に、"もう1回乗ってみたいな"とすごく火が点いて、まずは旦那さんに相談しようと思い立ちました。

旦那さんが当時は釜山の競馬場で騎乗していたのですが、その時にスカイプを通じて、「子供がこう言っているんだけど、どう思う?」と聞いてみたのです。でも、私の中では絶対に「子供がいるのだからケガをしたらどうするんだ。やめなよ」という返事が来ると思ったのですが、旦那さんは「う~ん」と最初はビックリしつつも、その後に「良いんじゃない。やりたいならやってみれば」と言ってくれたのです。


-:最初のキッカケはお子さんだったのかもしれないですが、復帰しようという決意を決めたのは、その旦那さんの言葉でもあったわけですか?

宮:そうですね。すごく背中を押してもらった気持ちでした。子供も「ママを応援してあげる。がんばれ、がんばれって言ってあげる」と言って、すごく喜んでくれていました。

-:"それなら、復帰しよう"と決断するのは早かったのですか?

宮:早かったですね。自分でも、切り替えがこんなにも早いものかとビックリしました。

-:瞳さんのお父さんは何とおっしゃっていましたか?

宮:復帰するにあたって、やっぱり子供がまだ小さく、私と旦那さんが2人とも夜中にいないとなると、小さい子供を置いていくことになりますよね。まずは子供を看てくれる人を思い当たった時に、自分の両親が今は鹿児島で、何も仕事をしていなくてノンビリ暮らしていたので、ダメ元でお父さんに相談したら、最初はお父さんも旦那さんと一緒でビックリしていたのですが「やるのだったら協力してあげるよ」と言ってくれたので、それで決意を固めました。


「馬がやっぱりかわいかったですね。自分は馬が大好きなのだな、と再認識しました。引退してからは厩舎に行って馬に触ったり、それこそ旦那さんが競馬場で馬に乗っているのに観たりもしなかったですし、本当に競馬から離れていたので」


-:今、お父さんはこちらに?

宮:そうです。ほぼずっといますね。お母さんは体調を崩していて来られないのですが、お父さんはずっと居てくれています。2カ月に1度実家に帰るくらいで、それ以外はずっと。

-:復帰を決意して、始めたことは何でしたか?

宮:まず始めたのは、調教師の会長さんや関係者に相談して、どう思うか、意見を聞いてもらいました。最初は「子供がいるのだから、止めた方が良いんじゃないの」という声の方が多かったです。その相談をすると共にランニングで基礎体力作りから始めました。それから、まずは馬を触らなきゃと思ったので、厩務員をした方が良いかなと思って、厩務員登録を早急にしてもらうようにお願いしました。

-:それはいつ頃ですか?

宮:厩務員で正式に働いたのは11月からです。

-:馬の世界から遠のいていて、急に戻った時に、どんなお気持ちでしたか?

宮:馬がやっぱりかわいかったですね。自分は馬が大好きなのだな、と再認識しました。引退してからは厩舎に行って馬に触ったり、それこそ旦那さんが競馬場で馬に乗っているのに観たりもしなかったですし、本当に競馬から離れていたので、久しぶりに馬に触ってかわいかったです。

宮下瞳

▲夫の小山信行騎手ら家族に囲まれて


結婚、出産を経て、後輩女性ジョッキーに伝えたいこと

-:引退されてからの競馬への向き合い方が「ほとんど観ていなかった」とおっしゃっていましたが、主婦としての生活や子育てについても教えて下さい。

宮:一生懸命やってきましたよ。子育てで忙しかったから、余計に馬に関心がいかなかったのかな、という面もあると思います。

-:前回引退した時は「これで騎手としてはやり遂げた」と思って、かなり晴々しい気持ちで引退されたと思うのですが、その時の気持ちをいま思うとどうですか?

宮:でも、本当にあの時は、まさか自分がこうやってまた乗りたいと思うとは、考えもしてなかったですね。あれだけ辞めるとキッパリ言い切っておいて、ファンや関係者の皆さんを裏切ったみたいなのですが、ハハハ(笑)。

-:当時はやり切った感じと幸せ一杯で。

宮:(騎手生活を)全うした感はあったと思います。

-:それでも、また火が点くものなのですね。

宮:本当にビックリしました。その息子の言葉一つで、こんなに簡単に気持ちが切り替えられるのだな、とすごく思いました。


「騎手に復帰する以上は、自分の持っている記録を1勝ずつ積み重ねていきたいと思っています。しかし、正直な話、ブランクや体力面の課題もあるでしょうから、抜かれるのは近いかなと思っています。でも、真衣ちゃんが抜いてくれることで、私の闘志に火が点いて、また真衣ちゃんを抜かすぞ、と思うはずなので」


-:先日、高知の別府真衣騎手が通算600勝を達成されて、「女性騎手の最多勝である626という数字を目標に」とずっと言っていました。別府騎手の新記録を目前にして、こうやって復帰するのは、何か意識されたのですか?

宮:それは全然、全くないです。本当に、タイミングがたまたまそうなってしまったので。真衣ちゃんには申し訳ないんですけど……。

-:こう聞いたら「意識していないよ」と返事されるかもしれませんが、626という数字は瞳さんにとってどんなものでしょうか?

宮:やっぱり騎手に復帰する以上は、自分の持っている記録を1勝ずつ積み重ねていきたいと思っています。しかし、正直な話、ブランクや体力面の課題もあるでしょうから、抜かれるのは近いかなと思っています。でも、真衣ちゃんが抜いてくれることで、私の闘志に火が点いて、また真衣ちゃんを抜かすぞ、と思うはずなので。また、ヤル気になるはずです。

-:女性騎手の間での勝利数の意識は、大きいものですか?

宮:大きいと思います。

-:ということは、現役復帰されたことで女性騎手の勝利数争いは激しくなるだろうと。

宮:そうなると良いですね。突き放されてしまったら格好悪いので。でも、実際にレースに乗ってないので分かりませんが、レースに乗ってみて、やっぱりブランクを感じる自分がいると思います。それに負けないように頑張りたいです。

宮下瞳

▲女性最多勝記録更新を狙う高知の別府真衣騎手(左)とJRAの藤田菜七子騎手(右)


-:ところで、JRAの藤田菜七子騎手が大人気です。それもあって、地方の女性騎手にも注目が集まっているのですが、藤田騎手に関してはどう感じられていますか?

宮:やっぱりすごいと思いますよ。JRAと地方競馬は舞台が違いますし、JRAの中であれだけ活躍というか、取り上げられて、プレッシャーが懸かる中で頑張っているので、本当にすごいことだと思います。

-:騎手に復帰されて、直接対決となれば、また盛り上がると思います。

宮:ええ。対決というか、本当に会ってみたいですね。まだ、お会いしたことがないので、色々と話もしてみたいですしね。

-:藤田菜七子騎手に、もし先輩として何か声を掛けるとしたら?

宮:掛ける言葉ですか? 逆に教えてもらわないといけない立場なので、フフフ。もし、アドバイスがあるとすれば、自分が昔乗っていた頃は、勝ちにこだわり過ぎていたなあと今は思います。この仕事は勝ちにこだわるのは当然なのですが、競馬の一つ一つのレースをもっと楽しみながら乗れたら良かったのかなと。それは騎手を引退して振り返って、客観的に見てそう思いましたね。全く楽しまずに乗っていた訳ではないのですが、ただ勝ち負けばかりにこだわっていたような気がします。

-:勝ち負けだけではなく、広い目で競馬を見るべきと。

宮:楽しめたら良かったかなと。だから、菜七子ちゃんに言うなら、「今はレースに乗って結果を出すのに一生懸命かもしれないけど、その中でも楽しみながら乗って欲しいな」と伝えたいです。もちろん、名古屋競馬場にも来てもらって、一緒に騎乗したいですね。

-:名古屋競馬場には木之前葵さんもいますので、木之前騎手ともライバルにはなると思いますが。

宮:ライバルなんてとんでもないです。「葵先輩」と呼ばせていただかないといけないので。彼女は今、名古屋競馬場の顔としても売り出されていますし、騎乗も男性ジョッキーに負けないくらいすごく上手。自分が教えてもらうこととか、得るものが今の彼女にはたくさんあると思うので、勉強させてもらいたいと思います。そして、続けて乗っている中で先輩として一目置かれるというか、ちゃんと見てもらえるように早くなりたいです。教えてあげられることが一つでもあると良いのですが、今の状態ではないので、早くそういうアドバイスができるくらいに自分が復活出来れば良いですね。


「やっぱり結果を出せない時に『女だからダメ』と言われることですよね。でも、名古屋は皆さん女性に優しいというか、理解があるので。今回復帰することに対しても、賛成じゃない人も中にはいたのですが、すごくバックアップしてくれる人も沢山いてくださいました」



-:それでは、女性騎手ならではの利点ですとか、苦労などがありましたら教えて下さい。

宮:利点はすごく注目してもらえるところですね。そこで、注目されている間にどれだけ結果を残すか、という課題もあります。難しいと思いますが。

-:注目されているからと言って、結果を残せる世界ではないですからね。

宮:そう簡単に結果を出せないですからね。

-:それに、今の女性騎手は綺麗な人ばっかりじゃないですか?

宮:そうなんですよ。葵ちゃんも名古屋のアイドルですから。私は別ですが、ハハハ(笑)。ただのおばさんですから。

-:いやいや、とてもお綺麗ですよ。逆に女性騎手として苦労することはありますか?

宮:やっぱり結果を出せない時に「女だからダメ」と言われることですよね。でも、名古屋は皆さん女性に優しいというか、理解があるので。今回復帰することに対しても、賛成じゃない人も中にはいたのですが、すごくバックアップしてくれる人も沢山いてくださいました。葵ちゃんはその辺りどう思っているか分かりませんが……。

-:木之前騎手は周りの批判にはあまり動じないタイプに見えますね。

宮:厩舎がすごくバックアップしてくれていますね。昔は騎手が多くて、乗せ替えがだいぶあったじゃないですか。今の名古屋はそれほどでもないので、騎乗機会にも恵まれますから。

-:結婚、出産を経験されての騎手復帰となりますが、女性として後輩の女性騎手にアドバイスするとすればどんなことですか?

宮:出産は早めの方が良いと思います、フフフ。早く産んで、また乗った方が良いかなと。やっぱり体力的な面でも、子供のためにも。私が産んで、復帰をしているので、次に葵ちゃんだったりすると、前例があれば、多分同じようにやりやすくなるでしょう。もし騎手を長く続けたいなら、早く産んで、早く復帰するというのが一番理想的だと思います。

-:それは女性騎手のファンは悲しみますよ(笑)。「女性騎手は早く子供を産め」と。

宮:その方が体力的には。私はまさか再び乗るとは思っていなかったので例外ですが、もし産むと決めていて、また乗りたいと思うのだったら、本当に20代前半ぐらいで産んでおいた方が良いです。私も人生やり直せるなら、そうやっているかもしれないです。

宮下瞳騎手インタビュー(後半)
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