昨年、オーストラリアを中心に長期にわたる海外遠征を敢行。昨今の若手ジョッキーの中では、期間、騎乗実績ともに群を抜く成果を上げてきたのが坂井瑠星騎手だ。デビュー2年目には36勝を挙げるなど、順当に勝ち星を重ねながら、国内の騎乗ではなく、あえて海を渡った理由とは?また、海外で手にした成果とは。デビューして4年目ながら2019年を「勝負の一年」と位置づける若手が語ってくれた。

言葉の壁、日常生活…すべてが経験の日々

-:オーストラリア、アメリカ、香港、ドバイ……と、4か国にわたった海外遠征。まずは約1年過ごされたオーストラリアについてお聞かせください。

坂井瑠星騎手:よろしくお願いします!最初はヴィクトリア州メルボルンのフレミントンにあるレオン&トロイ・クロステンスという厩舎にいました。フレミントン競馬場で調教をし、競馬にも乗せていただいていたのですが、競馬で全く成果を出せなくて苦しかったです。それから4カ月経って環境を変えてみることにしたのです。サウスオーストラリア州のアデレードにあるフィリップ・ストークス厩舎に移り、3カ月お世話になりました。

-:当初のフレミントンでの住まいは引きあげてサウスオーストラリアに移動したのですか。

坂:フィリップ・ストークス厩舎に寮のような家があったので、香港のアプレンティス(見習い)と一緒に滞在しました。車も1年くらい自分で運転しましたよ。ちょうど日本に帰国する方がおられたので、車を譲っていただきました。ここで調教をし、競馬でも少し乗せていただいて、3月10日にやっと初勝利と2勝目を挙げることができました。

坂井瑠星騎手

▲長期にわたる海外遠征を振り返ってくれた坂井瑠星騎手

-:ドバイには、いつ頃行かれたのですか。

坂:初勝利を挙げた後です。リアルスティールのドバイの遠征に合わせて行きました。その後は再びアデレードへ。さらに3カ月過ごして、帰国予定だった半年間に達したのですが、思うような結果が出せていないことが心残りで。アデレードで勝ち星が上がり始めた時期でもあったので、もうちょっと頑張りたいと思いました。それで、あと半年延長させてもらうことにしたんです。でも、滞在場所は決まっていなくて。当初のメルボルンに戻るか、他の国に行くかと考えていた時にオファーをくださったのが、ライアン・バルフォー調教師でした。サウスオーストラリア州では3位くらいのトレーナーに「うちの厩舎で専属契約としてやってくれないか?」と言っていただけてありがたかったですね。とりあえず6~8月の3カ月の契約で乗せていただくことになりました。

-:オーストラリアでは競馬場は地区ごとに何箇所くらいあるのですか。

坂:けっこうあるんじゃないですかね。ニューサウスウェールズとヴィクトリア(メルボルン)とサウスオーストラリア……一杯あると思いますよ。サウスオーストラリアの規模は3番目だと思います。シドニー、メルボルンが本場だったら、サウスオーストラリアが第3場というイメージですね。

-:いやらしい話、収入だけなら日本で乗っているほうが断然いいのではないですか?

坂:もちろんです。最初の半年で4~5勝くらいしか勝てなかったのもありますが…。未勝利戦で場所にもよりますが、日本には及ばないくらいです。

坂井瑠星騎手

▲2018年のドバイミーティングでリアルスティールの調教に騎乗した

-:それでもジョッキーとしての経験値はあがりますよね。テクニックだけではなく海外でもまれて人間的にも成長できたのではないですか。

坂:そうですね。日本では経験出来ないことだらけでした。素晴らしい経験をさせてもらったと思います。移動、食事をはじめ日常そのものも自分で回さなければいけなかったし、何より言葉の壁がありましたしね。慣れるまでに時間がかかりました。何とか克服したくて、朝は調教に乗り、そのまま語学学校に行って4時間授業を受けていました。色々な国の人が英語を勉強しに集まる学校で、競馬のない日は昼から学校にいく生活です。本当に一から勉強しましたね。中学生英語みたいな感じで(笑)。最初は全然稼ぎもなかったし、物価も高い。生活は厳しかったけれど、経験はお金で買えないものですから。

-:そんな中で、一時帰国もしていましたね。

坂:はい、勝たせてもらえたのは矢作(芳人)先生が良い馬を用意してくださったお陰です。帰ってきたのは1月に1週間と5月の2週間の計3週間でしたが、9勝できました。周囲にも良い印象を持っていただけて本当に感謝しています。

-:馬の質が揃っていたのももちろんですが、競馬の内容が変わっていると思いました。以前よりも内にこだわって乗っている印象でした。

坂:そう思っていただければ良かったなと思います。

内枠優位、遅い流れ オーストラリア競馬の特色とは

-:サウスオーストラリア地区では、坂井瑠星というのは知れた顔になったのですか。

坂:一応、みんな知ってもらえたと思いますよ。ただ、今までそういう存在がいなかったと思うので。

-:それはすごいことですよね。日本で言ったら、短期免許で来た外国人騎手の顔を覚えてくれたという感覚でしょうか。

坂:そういう感じですかね。

-:向こうの競馬場の人たちとも上手いことやれていましたか。

坂:自分で言うのも変ですが、なじめたと思います。

坂井瑠星騎手

-:裁決も日本とはシステムが全然違うから難しかったでしょうね。

坂:違いますね。厳しかったですね。オーストラリアは前に入るというか、馬との間に入ることは厳しいですね。2馬身ないと入っちゃいけないという。

-:国によって裁決のツボが違いまからね。

坂:違いますね。そこはやっぱり押さえておかないと。日本は日本のルールに従わないといけないし。

-:それは脳の中に、日本のツボとオーストラリアのツボというのがあって、それを使い分けるということですね。

坂:それは使い分けていかないと。これからどこに行ってもそうしないといけないですね。香港だったら香港で、アメリカだったらアメリカで。

-:オーストラリアに乗りに行くと言ったって、道具にもオーストラリア特有のルールがあって、ヘルメットやベストなど色々揃えないといけない訳ですね。

坂:そうですね。それはしょうがないですけどね。その国のルールに従う、それだけなので。こちらは行かせていただいて、乗せてもらっている立場なので。

「オーストラリア競馬の内枠有利というのは数字にも出ているんです。基本的に2頭、2頭、2頭、と2頭の縦列。コーフィールドCくらいの頭数になれば、3頭目でも何とか許されるという感じですね」


-:オーストラリア競馬の一番の良さはどんなところでしょうか。調教も効率よく流れ作業的なところがありますよね。

坂:1日平均だと10頭くらい乗っていました。多い時で最高15頭に乗ったこともありますよ。ウォーキングマシンをウォーミングアップとクーリングダウンに使って効率化を図っていますね。他にも、ゲートボーイや、レース前のリードポニーの存在でしょうか。ああいう制度はすごく良いなと思います。日本より安全に感じたほどです。向こうは、レース前のゲートでの落馬事故などが少ないんじゃないかなと。それと向こうの馬は大人しいですしね。

-:短距離主体の国なので、もっと元気のいい馬が多いのかと思いました。

坂:本当に意外でしたよ。短距離馬でも大人しくてレースでも、それほど変わらないんです。日本の競走馬とは大きく違う点でした。

-:オーストラリア競馬では内枠有利と言われます。枠が出た時点で、出来ることが限られるというようにも見えます。そもそも日本のように外に膨れたらダメですよね。

坂:内枠有利というのは数字にも出ています。基本的に2頭、2頭、2頭、と2頭の縦列。コーフィールドCくらいの頭数になれば、3頭目でも何とか許されるという感じですね。

-:ペースは日本と比べてどうでしょうか。

坂:すごく遅いですよ。残り3ハロンくらいから一気にギュッと速くなって。ジョッキーはみんな逃げたくないから、どんどんペースが遅くなる(笑)。押し出されて逃げても怒られますね。

坂井瑠星騎手

▲コーフィールドCでは日本馬ソールインパクトに騎乗

-:そういう競馬場って、平均ペースで逃げたら一番強いような気がしますけどね…。

坂:そうなんですよ。でも、逃げたらダメなんです(笑)。逃げて勝ったとしても調教師さんには褒められないと思います。コーフィールドCも20頭の予定が2頭取り消して18頭立てで、しかも大外枠という最悪のゲート番号だったので、なるべくいいポジションを取ろうと思って乗りました。しかも僕だけではなく18人全員が同じことを考えているので難しいです。ゲートから最初のコーナーまでの距離もないので、みんなが殺到するんです。

-:コーフィールドCは14着でしたが、内容は良かったと思います。特にポジショニングが良いレースだったんじゃないですか。

坂:そうですね。少しは修行の成果が出たのかなと思います。基本、2頭で収まっていないといけないから、3頭目はあまり褒められたものではない、という感じですね。「外の3頭目なら後ろに下げて内に入れ」と。

収穫はポジショニング、精神力、語学力
坂井瑠星騎手インタビュー(2P)はコチラ⇒