最も思い入れのあった馬・タケミカヅチを偲ぶ
2010/7/30(金)
大江原哲調教師
-:今日はタケミカヅチに関して、大江原哲調教師にお話を伺います。よろしくお願いします。
大:よろしくお願いします。
高:よろしくお願いします。タケミカヅチが亡くなったニュースに載っていた「一番思い出のある馬」という先生のコメントが印象的でした。
大:調教師になって最初の重賞勝ちですからね。私がジョッキーの頃に初めて重賞を勝たせてもらったライバコウハクと、調教師になって初めて重賞を勝たせてもらったタケミカヅチと、両方印象が強いんです。ライバコウハクは中山大障害をなかなか勝てなくて2着ばっかりだったんですけど、それが遂に大障害を勝ったんですよ。タケミカヅチも2着3着が多かったですけど、何とか重賞を勝ってくれましたからね。
高:経緯が似ていたんですね。先生は、タケミカヅチのデビュー前はどんな印象をお持ちでしたか?
大:これは走る、と思っていました。最初はダートの方が向いているかな、と思っていたのでダートで使いたかったんですけど、新潟に長いダートの新馬戦がないので、芝の1600くらいがちょうどいいかなと思って使ったんです。
高:そして見事にデビュー戦を勝利で飾って。
大:新馬戦を勝ったときに「この馬はメインレース以外使うところは無い」と思いましたね。新馬戦を勝った段階でそこまで思った馬は初めてでした。2戦目の新潟2歳ステークスではちょっとマズい競馬をしてしまいましたけど、あれが良い参考になりましたから、むしろその失敗が成功に繋がったと思っています。
高:その後、コンスタントに重賞を使われてG1に挑戦されますが、皐月賞に出走されるときはいかがでしたか?
大:自信ありましたよ。馬場の内が荒れていたから、枠順は外の方が欲しかったんですけど、1番枠になっちゃって「まいったな」と思いました。でも、よく頑張ってくれましたね。
高:その後も順調に使われ続けて、遂にダービー卿チャレンジトロフィーで初重賞勝ちとなるわけですけど、そのときはいかがでした?
大:これも自信はありましたよ。1番人気にもなりましたし、勝てて良かったですよ。
高:ゴール前では先生も大声を出されたんじゃないですか?
大:いや、声を噛み殺して観ていました。私はあまりゴール前で叫ばないんですよ。もう昔に騒ぎ過ぎていますから(笑)。
高:そうなんですか(笑)。
大:昔、弟(大江原隆元騎手)が中山大障害を勝ったときと、次の週に自分のところのマイネルタンゴが皐月賞で4着に入ったときの2週続けて叫んだら、声が出なくなりました(笑)。弟は初めての重賞勝ちだったし、皐月賞はゴール前200メートルのところで先頭だったから、叫びましたよ。今でも自分の馬が人気薄でピューッと伸びてくると「それ行け!」と言うことはありますけど。
高:普段は声を噛み殺してクールにご覧になっていらっしゃるんですね。タケミカヅチのときのダービー卿のときも声を噛み殺してご覧になって。
大:そうです。あのときは本当に嬉しかったですね。ただね、最後は可哀想なことをしてしまいましたね…。
高:出血性大腸炎ということで…。こういう病気は突然起きてしまうんですね。
大:そうですね。体調がちょっと落ちているな、というときに大腸から悪い細菌が入ってしまったんでしょうね。こういうことは稀に起きるんですよね…今までにも経験はありますから。
高:この春からまた戦線復帰して、活躍を楽しみにしていましたけど…。
大:これから、と思っていて、夏は関屋記念あたりから使いたいなと思っていたんですけど…、しょうがないです。
高:タケミカヅチは、普段厩舎にいるときなどはどんな感じだったんですか?
大:大人しい馬で、優等生タイプでしたよ。我慢強かったですしね。腹痛を起こしたときも我慢してジッとしていましたからね。普通は、口籠をされて食べられない状態にされると前ガキなんかしてウルさいんですよ。でもタケミカヅチは、そういう余計なことをやらなかったです。
高:辛抱強いんですね。
大:辛抱強い。私と真逆ですよ。
高:アハハ(笑)。タケミカヅチは、性格的にも可愛かったんですね。
大:ああ、もう最高ですよ!噛み付かないし、可愛いんですよ。乗っても本当に大人しいし、多分、素人でも乗れるくらいだったと思いますよ。ああいう大人しい馬は滅多にいません。もう、若い頃から大人しかったですからね。何か…とっちゃん坊やみたいな(笑)。若いんだけど大人っぽい、みたいな。
高:そんなに大人しいのに、よくレースでは頑張りましたね。
大:いや、要所ではウルさいところもありましたよ。坂路の入り口のところで人を2回くらい落としていますから。普段大人しいから人が落ちるんですよ。普段暴れない分、暴れるときは激しいから人が落ちるんです。だから返し馬のときにヨシトミ(柴田善臣騎手)に「たまに跳ねるときがあるから気をつけろよ」って言っていましたよ。ヨシトミも「そういうの、何回かありますよ」って言っていましたね。
高:レースに行くとスイッチが入るんですね。
大:そう。そういうときはもう怖いですよ。装鞍所でも立ち上がったりしますから。新馬戦のときも装鞍所でワーッと立ち上がっていました。でもパドックに出たらもう大人しくてね。レースが終わって戻ってきてからも大人しいし。この前、新馬を勝ったリーサムポイントもそう。装鞍所で大騒ぎでした。
高:リーサムポイントも立ち上がっていたんですか?
大:そうらしいですよ。僕が装鞍所に到着したときにはもう治まっていましたけど。
高:それでもタケミカヅチ同様に新馬勝ちをされて。リーサムポイントのレースは、ご覧になっていかがでしたか?
大:タケミカヅチとは違うタイプでちょっと気難しいところがあるから、道中ハラハラしながら観ていましたよ。もう本当に幼稚園児の運動会ですよ。ゴールしてからも元気が良かったですし。
高:疲れた素振りもなく。
大:ビックリしましたよ。ゴールしてからも躍動感のある馬は、これまで管理している中では初めてですから。ゴールしてからもあれだけ元気が良い馬は初めてです。
高:リーサムポイントもタケミカヅチとタイプは違うけれども、楽しみな存在ですね。
大:レースの流れは似ていますね。後ろから行って終いでピュッと来て。上がり1ハロンだけで勝ったところも同じですね。タケミカヅチは新馬戦とダービー卿の勝った2戦はどちらも上がりの1ハロンくらいで勝っていますからね。新馬戦も上がりが33秒で、凄かったんですから。まあ1600でテンが遅かったからそういう脚を使えたんでしょうけど、あんな脚を使うのはいませんよ。
高:なるほど。
大:僕は、レース直後はあまり時計を見ないんですけど、タケミカヅチの新馬戦のときは他の人が「凄い上がりだよ」って言うから、その場で見たら33秒だったので「おー、速いなあ」と思って。だから「この馬はメインレースでしか使わないんだろうな」と思ったんですよ。
高:本当にその通りになりましたね。これだけ第一線で戦い続けてきた成績を振り返って、いかがですか?
大:タケミカヅチがレースに出走するときは、本当にもうワクワクしていましたよ。この馬には随分と夢を見させてもらいました。クラシックを勝てるんじゃないかと思いましたからね。
高:実際に皐月賞で2着でしたもんね。またそういう夢を見たいですよね。先週勝ち上がったリーサムポイントをはじめ、楽しみな2歳馬も揃っていらっしゃいますし。
大:そうですね。2歳はみんな楽しみにしていますよ。
高:先生が2歳馬を仕上げていくにあたって気を付けている点はありますか?
大:やっぱり、まずは出走させなきゃ、と思っていますから故障は怖いですよね。でも故障を怖がってばかりいても仕上げられませんから、どうやったら耐えられるのかと思ってやっています。
高:馬を壊さないように、ある程度厳しく。
大:どれだけ負荷をかければいいかな、と。軽いんだけど凄く負担がかかっている、という調教が理想だと思ってやっているんですよね。速いタイムは、いくらでも出ますから。
高:そうなんですか。
大:1歳馬が放牧でピューッと走っているときでも、あれは15-15で行っていますよ。喜んですっ飛んで行っているときは相当スピードが出ていますよ。だから「時計はいつでも出るんだな」と思っているので、あとはどれだけ忍耐強く走れるかな、ということですね。長い距離はもちろん、1000メートルの競馬だって忍耐強く走らないといけないんですから。
高:ただパーッと行けばいいわけではなく。
大:そうそう、我慢強く走らないと。だから速いばかりではなく、どうしたら忍耐強く走れるかな、と思ってやっています。2歳馬に限らず、どの馬もこういうところを気にして調教をしています。
高:なるほど。分かりました。ではそろそろお時間になりますので、最後にタケミカヅチを応援してくれていたファンと大江原厩舎を応援しているファンに向けてメッセージをお願いします。
大:タケミカヅチを応援してくださったファンの方々、今までありがとうございました。また、タケミカヅチに対する応援や、厩舎に対しても応援のメッセージを送ってくださる方もいらっしゃいます。そうやって応援してくださるファン、サポーターの方々は凄くありがたいと思っています。これからも大江原厩舎の馬を応援してください。(調教師の性格は派手ですけど)地味に頑張ります。
高:(笑)応援しています。先生、お忙しい中どうもありがとうございました。
大:ありがとうございました。
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■最近の主な重賞勝利 |
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1971年から1996年までジョッキーとして活躍。 194勝を挙げ、ライバコウハク、シンボリクリエンスで中山大障害を制するなど障害レースを中心に実績を残した。調教師に転身後もコンスタントに成績を残し、09年ダービー卿チャレンジトロフィー(タケミカヅチ号)で初の重賞タイトルを手にする。 |
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■出演番組
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2006年から2008年までの2年間、JRA「ターフトピックス」美浦担当リポーターを務める。明るい笑顔と元気なキャラクターでトレセン関係者の人気も高い。2009年より、競馬ラボでインタビュアーとして活動をスタート。いじられやすいキャラを生かして、関係者の本音を引き出す。 |