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長谷川健彦調教厩務員

昨年のヴィクトリアマイルで初のG1タイトルを手にしたが、直後から健康面に不安を抱え、2ケタ着順が続いていたホエールキャプチャ。しかし、今年のヴィクトリアマイルでは僅差で2着、さらには府中牝馬Sを快勝し、いよいよ復活の狼煙を揚げた形だ。目指すは、3度目の挑戦となる“女王の座”=エリザベス女王杯。結果が出ずに苦しかったであろう時期もホエールキャプチャに寄り添い続けてきた長谷川健彦調教厩務員に、今の想いを聞いた。

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最終追い切り後・田中清隆調教師のコメントはコチラ⇒


1週前追い切り後・蛯名正義騎手のコメントはコチラ⇒


強いホエールキャプチャが帰ってきた!

-:まずは府中牝馬S優勝、おめでとうございます。先行してそのまま押し切るという強い勝ち方でしたね。

長谷川健彦調教厩務員:ありがとうございます。ホエールキャプチャ(牝5、美浦・田中清厩舎)本来の力どおりというか、力のあることを証明した走りだったと思います。ホエールを担当して初めて、体調面も気持ちの面も、何の不安もなくレースに送り出すことができたのが府中牝馬S。調教もよく動き、何より(馬の)気分的にもレースに気持ちが向いていたので、(田中清隆)調教師にも「自信を持って走っていますよ」と伝えたほどです。先生(調教師)も調教の様子を見て「気持ちよく走っているな」と言っていました。本当に順調な経過で、レースを迎えることができたんです。

-:今春のヴィクトリアマイルでは、鼻差の2着。これで復活したかと思っていたのですが、札幌記念では大敗しました。その敗因は何にあると思いますか?

長:函館のときも体調よかったのですが、あのぼこぼこの重馬場が応えたようです。すみません、負けるときは極端に負ける馬なんです(苦笑)。ただ、その夏と比較しても、今はずいぶんと体調がいい。秋に美浦へ戻ってきてからは、体もふっくらしてトモも大きくなり、体つきが本当によくなりました。

-:ちょうど1年前の今ごろは、それまでの安定した成績とは裏腹に、まったく結果が出ていませんでした。当時を振り返っていただけますか?

長:僕がホエールを担当し始めたのは、昨年のアタマから。ちょうど中山牝馬Sからです。見た目以上に乗り味のいい馬だと、担当して初めてまたがったときに感じました。柔らかで、それでいてしっかりした馬だな、と。ところが、ヴィクトリアマイルを勝つまでは調子がよかったのですが、秋以降、体のバランスが崩れてしまったんです。夏の暑さに負けてしまったようで……。
ホエールは2歳時も3歳時も夏を北海道ですごしていて、4歳の昨年はじめて美浦で夏をすごしので、対応できなかった部分があったのでしょう。いわゆる“夏負け”です。飼葉食いが落ちる、ガレるといった極端な症状があったわけではないのですが、体のバランス、トモの具合がよくなくなってしまった。最初にまたがったときに感じた、柔らかさがなかったのです。




-:その間、短期放牧こそありましたが、長期にわたって戦列を離れることはありませんでした。競馬をしながらのケアは、長谷川さんとしても大変だったのではないでしょうか?

長:具合が悪いといっても、飼葉や運動については普段通りだったんです。追い切りは動いていたし、競馬に使えない状態ではありませんでした。症状が悪化の一途とたどっていたわけではなかったので、昨年のエリザベス女王杯も使ったのですが……、競馬は甘くないですね。そのとき手綱を取ってくれたノリさん(横山典騎手)には、レース後「(敗因は)夏の過ごし方だよ」と言われました。距離どうこう、馬場どうこうではなく、夏バテの影響が残っているからだと。誰が悪いとかではなく、順調さを欠いたぶん、戻りきらない。「そう簡単には、戻らないよ」と。
そのころは、マイクロレーダーを今の倍以上の時間をかけて当てていましたね。温めて血行をよくするマイクロは、筋肉の炎症緩和や疲労回復に効果があるとされていて、今も約30分かけて3カ所――両前とう骨と腰に当てています。調子が悪いときは、それに加え左右の背中と、左の股関節と6カ所に当てていたので、時間も倍以上かかっていました。



「馬の力が落ちたせいだ、と言われるのは、馬もかわいそうだったし、僕自身、本当に悔しかった。ホエールの力が衰えたわけではないのに……」


-:体調が戻ってきたかな、という手ごたえは、いつごろから感じられたのでしょう?

長:船橋(クイーン賞)後に放牧に出て、帰ってきたときですね。ずいぶんよくなっていました。体のバランスが、だいぶ戻ってきたと感じました。その直後、阪神牝馬S(14着)の敗因は、休み明けですよ。休み明けは、本当に走らない。でも、「これで本来の力は出せる状態になりつつあるな」という感触がありました。

-:長谷川さん自身、ホエールキャプチャの結果が出ない時期は、どんなお気持ちだったのでしょう?

長:そりゃあ、つらかったです。「何とかしよう」と思って毎日世話をして調教をして、「何とかなってきたかな」と思って競馬に使っても全然結果が出ず……。「今は体調が万全じゃない:と話しているのに、一部のマスコミには書きたいように書かれ、「馬の力が落ちたせいだ」と言われるのは、馬もかわいそうだったし、僕自身、本当に悔しかった。ホエールの力が衰えたわけではないのに……。



陣営一同が前走以上のデキと自信

-:長くいい脚を使って抜け出るのがホエールキャプチャらしいレースだと思うので、見せ場も何もない2ケタ着順に厳しい評価がされたのでしょうか?

長:まあ実際、あのころは手ごたえよく4コーナーを回ったのに、最後まで踏ん張れずに後退するレースが多かった。とはいえ、最後に脚を使えるかどうかで、着順がガラっと変わってしまうクラスでのレースです。競馬は甘くなく、ホエールは本来の力を出せる状態ではなかったんですよね……。

-:そういう意味では、府中牝馬Sを勝ったことは、非常に大きな意味がありそうですね。G1級のメンバーではなかったものの、実力馬が揃っていました。

長:僕もそう思います。ただ、レース前には結構自信があったんです。調教師もジョッキーも絶好調と宣言していたので、僕まで強気に言っちゃうと、もしも負けたときに言い訳できなくなるので、僕は黙っていましたが(笑)、必ずいい競馬はすると思っていました。

-:その自信は、どういったところから生まれたのですか?

長:前々走の札幌記念のころと比較しても、またがった感じが、だいぶ違うんです。うまく説明できないのですが、函館にいたときとも調子のよさを感じられたのですが、今のほうが断然、体もですが、精神面もいい雰囲気がある。それが府中牝馬Sで結果につながったので、本当にうれしい。


「調教師は桜花賞のときが一番よかったと言っています。僕も、そこを目標にしているんです。そして今回は、限りなく近いところまできていると思います」


-:今回は、万全の態勢でG1の舞台に送り出せそうですね。

長:調教師は桜花賞のときが一番よかったと言っています。僕も、そこを目標にしているんです。そして今回は、限りなく近いところまできていると思います。少なくとも今回のほうが、去年より絶対にいい状態にある。もちろん、競馬にはいろいろな条件があり、相手も違えば、競馬の内容も違うと思うので、結果が伴うかどうかはスタートしてみないことにはわかりませんが……。

-:2000m以上では勝ち星がないことから、距離を不安視する声もありますが?

長:たしかに、今の府中のマイルなら自信はあります(笑)。でも、これまで結果が出ていなくても、今のホエールなら勝負になると思って、競馬に使うわけです。府中牝馬S後もダメージはなく、変わりなく順調に乗れています。ジョッキー(蛯名正義騎手)も手ごたえを感じているようです。その証拠に、1週前追い切りでジョッキーは「前回より素軽くなっている」と言っていました。府中牝馬Sのときもあれだけ絶好調と言っていたのですが、それを上回る状態だということでしょう。何の不安もありません。



-:これまでは関西遠征時には栗東に滞在していましたが?

長:ホエールはそれほど神経質な馬ではないのですが、環境の変化は感じると思うんです。今回栗東へ行かないのは、今とてもいい雰囲気でここまで順調に来ることができたから。前走から中3週という短い間隔のなかで、2~3日とはいえ慣れるのにかかる時間がもったいないな、と。結果として、美浦で調整を続けてきてよかったなぁと思っています。輸送には何の心配もないし、競馬場に着いたら馬はレースだってわかりますから、キリッとする。飼葉を食べないといったこともない。すべての力を、競馬で出し切れると思います。

-:ホエールキャプチャにカメラを向けると、顔をあげてカメラ目線になってくれますね。仕草が愛らしく、ファンも非常に多いようです。

長:アイドル気質なんですよね(笑)。自分がすべきことが、わかっている。だから厩舎ではガブッと噛んできたりと余計なことをすることもあるんですが、競馬場ではシャキッとする。府中などに熱心なホエールファンがいらっしゃるのは、僕も気づいているし、馬も気づいていますよ。よく顔を向けていますからね。心の中で“ありがたいな~”と思って歩いています。できれば、同じように京都にもホエールファンが来てくださるといいんですが……。アイドル気質なので、ファンからの応援が力になると思うんです。だから、ぜひ皆さん、京都でもホエールを応援してください!よろしくお願いします。

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【長谷川 健彦】 Takehiko Hasegawa

中学3年の時にコマンダーインチーフがエプソムダービーを勝った記事を見て、競馬ブックに載った厩務員のインタビューでこの世界に興味を持つ。
高校時代はトウカイテイオー全盛期で更に競馬の世界にのめり込む。その後、競馬学校に入るまでの5年間は北海道の白井牧場で勤務。当時に乗った思い出の馬はエモシオンとウイングアローで、エモシオンのダービー出走時は東京競馬場まで応援に行ったことがある。
吉永正人厩舎の厩務員としてトレセン人生をスタートし、柴崎勇厩舎を経て現在所属する田中清隆厩舎で10年目を迎えている。


【櫻井 忍】shinobu sakurai

1973年生まれ。大学卒業後、編集プロダクション勤務中に競馬本『pursang』の編集に携わり、2001年にフリーになったのちは『競馬 最強の法則』などのライターとして活動。