
競馬YouTuberとして一躍名を挙げ、各媒体に引っ張りだこの佐藤ワタルが、地方&海外レースを展望。若くして人並み外れた知識量、分析力を披露する。
ぬいぐるみも即完売!絶対王者・オジュウチョウサンが生み出す不思議な現象
2018/4/19(木)

障害を飛越するオジュウチョウサン(左)
中央はクランモンタナ、右はアップトゥデイト
●衝撃の圧勝に「バケモノ!」
入場者2万9313人。これは著名ミュージシャンのライブの入場者数ではない。4月14日(土)中山グランドジャンプ(J・G1)が開催された中山競馬場の入場者数だ。前年と比べて112%増だった観客数に比例して、場内の盛り上がりは昨年末の中山大障害以上だったように感じる。
中山グランドジャンプ1レースあたりの売り上げも前年比110%増の22億以上。この数字が示すように、昨今の障害人気の高まりは目立つ。その人気の中心にいるのは間違いなく絶対王者・オジュウチョウサン(牡7、美浦・和田郎厩舎)だろう。あまりの強さから障害ホースとしては異例とも言えるぬいぐるみまで登場した。赤レンガで有名な大生垣障害まで再現されたこのぬいぐるみは、土曜朝から行列ができて飛ぶように売れ、昼には売り切れてしまったくらいである。
パドックには平地のG1と見間違えるくらい何重もの人だかりができていた。1つ前の中山10R・下総Sのスタートが切られ、グランドジャンプ出走馬がパドックに入ってきた時には歓声すら挙がるほど。最前列に陣取ったファンに話を聞くと「1Rが始まる前からパドックに張り付いていた」と言っていた。いかにも初めて競馬場に来た女性ファン2人組が「オジュウチョウサンってどれ?」と言いながら探していたり、本馬場入場の際にはグランプリロードが人で埋まるという信じられない光景の連続だった。
しかしその20分後、もっと信じられない光景を目にすることになる。出走12頭全てが無事ゴールした直後、電光掲示板に表示された勝ち時計は4分43秒0。『レコード』の文字列。従来の記録を3.6秒も更新するスーパーレコードを叩き出したオジュウチョウサンに場内から大きな拍手が上がる。前走後の調整過程は決して順調ではなく、頓挫明けで圧巻の走りを見せた。
2着アップトゥデイト(牡8、栗東・佐々晶厩舎)に騎乗した林満明騎手は検量室に戻ってくるなり、苦笑いを浮かべながら言った。「バケモノ!」。この4文字に、全てが凝縮されていた。
「障害レース2000回騎乗を達成したら引退する」と公言している林騎手は、グランプリロードで待つファンへ挨拶に向かった後、笑顔で切り出した。「自分の競馬はしましたよ。もう未練はない。これで悔いなく引退できます!」。ファンからは「林!辞めるな!」と声が飛ぶ中、その表情はやり切った充実感すら感じられるものだった。
同じく笑顔だったのが、アップトゥデイトを管理する佐々木晶三調教師である。「レコードを3.6秒も縮めるとはね……。アップも強くなっているんです。負かすなら今日だと思っていました。オジュウがいないサマー(小倉サマージャンプ)で頑張ります(笑)」と言いながら、タクシーに乗り込んだ。最後に「脱帽です」と言い残し、師は帰路についた。
●ライバルが燃える「いつか下剋上を」
王者のあまりの強さに、逆に燃える男もいた。6着だったクランモンタナ(牡9、栗東・音無厩舎)に騎乗した熊沢重文騎手である。「器用さが足りず、ペースが上がった時にギアを上げられなかったです。馬はだいぶやる気になっています。まだまだ先がある馬で、更に良くなってくる馬です」と相棒の伸びしろに言及した上で、「このまま(無敗で)引退させるわけにはいかない」と話し、検量室の奥へ姿を消した。絶対王者の圧巻のパフォーマンスを見て、現役33年目・50歳の鉄人の闘志に火がついたようだ。
7着シンキングダンサー(牡5、美浦・武市厩舎)鞍上の金子光希騎手も雪辱を誓った。「今日はぐうの音も出ませんでした。しかし途中アクシデントがありながら最後まで踏ん張ってくれましたし、いつか下克上したいです」とレース後に語った。巻き返しに燃えているジョッキーたちがいかに絶対王者の連勝を止めに行くのか、今から楽しみでならない。
しかし、これだけの圧勝劇を見せたオジュウチョウサンも、さらなる進化を予感させる。管理する和田正一郎調教師は「進化し続けている」と語る。そして「本当に凄い馬です。昨年の大障害が終わった後、調教できない時期もありました。普通の馬なら厳しいです。でもこの馬なら……と思っていました。楽な展開にはならないだろうと考えていましたが、完勝でしたね。年齢を重ねて飼い葉をよく食べるようになってきたんです。中間の体重が思ったより減りませんでしたし、いい方向に変わってきていると思います」と続けた。
最終レース終了後。最寄りのJR船橋法典駅へ向かうファンたちから聞こえてくる声はオジュウチョウサン一色だった。その強さに震え、レースが終わってから1時間が経過しても感動、興奮が収まらないのだろう。数々の名ジャンパーたちもここまで話題に上がることはなかった。和田正一郎調教師は「次走は未定です」とした上で、年末の中山大障害でJ・GI6連覇を目指すことを表明した。8ヶ月後、中山競馬場は再び熱狂に包まれることだろう。

雪辱に燃えるシンキングダンサーと金子騎手
プロフィール
佐藤ワタル - Wataru Sato
1990年山形県生まれ。アグネスフライトの日本ダービーを偶然テレビで観戦して以降、中学生、高校生、大学生と勉学に勤しむ時期を全て競馬に費やした競馬ライター。『365日競馬する』を目標に中央、地方、海外競馬の研究を重ねている。ジャンルを問わない知識は、一部関係者に『コンビニ』とまで評されている。早稲田大学競馬サークル『お馬の会』会長時代に学生競馬団体『うまカレ』を立ち上げたり、北海道の牧場などに足繁く通うなど、若手らしい行動力を武器に、今日も競馬を様々な角度から楽しみ尽くしている。現在はサラブレ、一口クラブ会報などでも執筆中。血統派で大の阪神ファン。甘党でもある。