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2カ国の遠征で掴んだノウハウとは

-:古馬になってからはドバイにもアメリカにも行きましたね。まず、ドバイでの調整はいかがでしたか?

斉:メイダン競馬場が出来た初年度で、まだタペタのコースを誰も走ったことがない状態の時にウオッカと一緒に行かせてもらいました。ウオッカは既に何度もドバイに行っていたので落ち着いていましたし、その横で一緒に世話をさせてもらって、飛行機も一緒で安心して向こうまで行けましたね。僕自身も角居厩舎の岸本助手やレーシングマネージャーの方と動向させてもらって、環境に溶け込みやすかったです。それに、海外自体は学生の頃に行っていたのもあって、違和感なく過ごせました。

-:そこで、あの前哨戦をまさか勝つとは……と思わされました。すごく驚いたのですが、当時の手応え自体はどうでしたか?

斉:ああ、そうでしたか。前の年のジャパンCで、ウオッカが勝った時の3着だったので、能力自体はヒケをとる馬ではないですからね。ジャパンCはあまり体調が良くなくて、ちゃんと体調さえ整えれば、という思いがあって。周りの人よりは自分が一番分かったつもりで競馬には臨んでいました。

そういう意味では、ドバイの現地でもウオッカと並んで歩いている時に、日本に来たことのある外国人ジョッキーが「あれはウオッカか?」と訪ねてきたんです。そこで、「そうだよ。でも、この馬もジャパンCで3着だよ」と言ったら、笑っていたんですよね。でも、その後に前哨戦を勝った時は、少し力を証明できた気分にはなれましたね(笑)。



「その時に感じたことは日本のやり方を貫くのも一つですし、現地のやり方に変えるのもまた一つの方法ですね。それもあって、ブリーダーズカップの前はアメリカ流の仕上げにしました。結果こそ残念でしたが、凄く良い状態で臨めたことは反省点を活かせた上でのものですし、過程は良かったと思っています」


-:本番のドバイWCこそ11着でしたが、前哨戦を快勝と結果を残して帰国。秋はアメリカにも遠征されましたね。

斉:遠征前に鼻出血を発症していて、ラシックスの使えるアメリカに行こうというオーナーサイドの意向で行かせていただきました。前哨戦から結果を残さなくてはいけないはずだったのですが、アメリカの環境を深く把握していなかったことが反省ですね。というのも、追い切りの前日に雨が降って馬場が使えなくなったんです。厳密に言えば、使えないこともないのですが、向こうは雨が降ると馬場をカチカチに固める排水の方法をとるのです。それがわかっていれば、一本前の追い切りでもう少しちゃんとやっていたな、と。

その時に感じたことは日本のやり方を貫くのも一つですし、現地のやり方に変えるのもまた一つの方法ですね。それもあって、ブリーダーズカップの前はアメリカ流の仕上げにしました。追い切りは週にほぼ一本ですし、その追い切りも5F60秒くらいの実戦に近いタイムでしたからね。結果こそ残念でしたが、凄く良い状態で臨めたことは反省点を活かせた上でのものですし、過程は良かったと思っています。


-:一頭の馬で2カ国にも渡れる経験はなかなか出来ないものですよね。

斉:そうですね。あの馬がいなければ、僕もこうして調教師になれていなかったんじゃないかと思います。

インタビュー

松永幹夫調教師とのエピソード

-:そして、もう一人の恩師・松永幹夫先生はどういう先生だったか教えていただけますか?

斉:とにかく「良い人」という一言に尽きますね。僕は正直に言えば仕事をさせていたら頼りないスタッフだったと思うのですが、そういう人間に敢えて馬を任せてくれて。とにかく良い人というのが一番ですかね。

-:何か先生からいただいた言葉とか掛けてもらった言葉で、何か印象的なことはあったりしますか?

斉:いただいた言葉というよりも、常にフォローしてくれますね。馬のこともそうですし、常に支えてくれているなと感じながら仕事が出来たのは、やっぱり良かったかなと思います。今までの人生でも、あのような素晴らしい人間性の方はなかなか会ったことがないほどですよ。幹夫厩舎じゃなかったら、あんまり馬にも乗せてもらえなかったでしょうし、ああやってディザイアに逢うこともなかったでしょうし、本当に人の巡り合わせですが、恵まれてここまで来たなと思います。


「幹夫先生はあれだけジョッキーとして活躍されて、調教師としても昨年もJRA賞を受賞するほどの活躍をみせているのに、いつも変わらないですから。凄いですね。あんなふうに自分もなれるのかなと」


-:その経験はこれからの斉藤厩舎の厩舎運営やスタッフとのやり取りで反映させていけることですか?

斉:なるべく幹夫先生のようにしよう、と意識するのですが、なかなかそうはなれないと言いますか(苦笑)。とにかく幹夫先生は偉大です。

-:でも、お話を伺う限り、斉藤先生もずいぶん穏やかそうに見えます。

斉:いやいや僕なんか全然です。幹夫先生はあれだけジョッキーとして活躍されて、調教師としても昨年もJRA賞を受賞するほどの活躍をみせているのに、いつも変わらないですから。凄いですね。あんなふうに自分もなれるのかなと。

お世話になった人馬たちに報いることの出来る厩舎に

-:なるほど。では、先生のモットーというか、意識していることがあればお聞きしたいのですが。

斉:そうですね。馬に初めて触らせてもらった時から、幹夫先生や色々な方々や触ってきた馬に支えられてきました。自分一人じゃ絶対に出来なかったので。これからはちょっとでも良い成績を残して「アイツ、俺が面倒みたんだよ」と胸を張ってもらえるくらいの恩返しが出来れば良いなと思いますね。馬に関しても、勝たせてもらったディザイアもそうですが、勝てなかった馬とか、故障させてしまった馬、いっぱい色々な経験をしてここまで来ているので、そういう馬たちに誇れるくらいの成績を残していきたいなと思っています。

-:そして、馬を育成する上で調教メニューとして、どういう意識を持って取り組まれていますか?

斉:今は坂路とCWを併用してやっています。そして、なるべく追い切りをした次の日も乗っていますね。競走馬生命って長いように思えますが、短い馬は2歳の夏から3歳夏くらいまでの1年間で引退しちゃう馬もいますし、長いようで短いんです。だから1日、1日を大切にしようという気持ちで、乗れるのだったら毎日乗りましょう、というつもりではやっていますね。毎日乗るというのは、毎日が速い調教をする訳ではないですが、ゆっくりとした調教でしか出来ないこともありますし、そういうのも含めて、毎日乗って調教を付けていくという気持ちでやっていますけどね。それに「乗っているけど、毎日が苦しいわけじゃないんだよ」と教えられればとは思いますね。

-:今、厩舎にいる馬というのは、割りと引き継いだ馬が多いと思うのですが、そろそろ時期的にも2歳とかも入厩してくる頃だと思うので、どういう馬が入ってくるのか簡単に教えていただければと思います。

斉:おそらく一番早くに入ってくるのが、ノルマンディーオーナーズクラブのシシオウ(父サムライハート)という名前の馬ですね。僕はオーナーさんの知り合いも少なかったので、幹夫先生の紹介で預けさせていただく馬だったり、一時務めていた縁でノーザンFの馬がいますが、これからその馬たちが厩舎に入ってくるのも楽しみですし、レースに行ってどんな走りをしてくれるのかも楽しみにしています。

インタビュー

-:開業からここまでの日々はどうでしたか?

斉:3月は一日一日に追われていて、ようやく厩舎のリズムがとれてきたかと思います。でも、レースがあって、追い切りをやって、出馬表投票をして、またレース。やっぱりサイクルが早いですね。

-:スタッフはほぼ年上の方ばかり。気苦労はありませんか?

斉:同い年が一人居ますが、そうですね。年上ばかりで経験はスタッフの方が豊富なのでね。でも、なりたくて調教師になったわけですし、自分のしたいことは伝えて、その上で意見も聞くようにはしています。部活のキャプテンや生徒会長なんてことは一切やっていなかったもので、なんともリーダーシップがないんですけどね(笑)。

-:これまでのキャリアを活かしつつ、先生もこれから勉強の日々かと思いますが、改めてファンに向けての目標があれば教えていただきたいのですが。

斉:今はまだ頼りない厩舎で、「あそこの厩舎だったら馬券買わない方が良いかな」と思うかもしれないですが、その内、厩舎力で人気になれるように頑張りたいと思いますので、末永く見守って下さい。なるべく馬の良いところをみつけて、そこを伸ばしてあげればと思っています。

-:本日は開業直後でお忙しい中、ありがとうございました。先生のご活躍、期待しています!

このインタビュー後、5月20日、レッドディザイアが第4子を出産直後に腹膜炎を発症し、亡くなったことが発表されました。

斉藤師に改めてレッドディザイアへの思いを伺うと「生き物なのでいつかは来ることだとは思っていましたが、家族を亡くした思いで残念でなりません。残された子供たちが活躍してくれること、ディザイアに少しでも胸を晴れるような調教師になれるよう頑張っていきたいと思います」とのコメントをいただきました。

レッドディザイアのご冥福を祈ると共に、斉藤厩舎の活躍を願いたいと思います。


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