水:厩舎の意識改革についてはよく分かりましたが、今度はもっと制度的な部分について。例えば改革というか、変革をしていこうと考えた時に、JRAとはどういう存在なのでしょうか?あるいは関東の発想じゃないけれども、出る杭は抑えこんでくるのでしょうか?

小:いや、ルールの中で動く分には助けてくれますね。競馬を盛り上げるという目的なら歓迎してくれていると思うので。かえって応援してもらっているのかな?というのはありますね。

水:ルールを作りたがるところなので、規制の上に成り立っているものかと思いました。
JRAの職員でなく現場にいる人間が声を上げていかないと、直るものも直らないということもあるでしょうから、そういう意味では安心しました。
でも昨今の経済状況ですと、何か1つでも変えようとしたらお金の問題が、今まで以上に影響してくるんじゃないですか?

小:そうですね。あれを削る、これを削るという話は多いですからね。個人的な意見ですけれど、削減削減を繰り返していって業績を回復させた企業はないですよね。本当に不必要なものは削っていいかもしれませんけれど・・・・。
日本の競馬が成り立っていった中で、一番大事のは馬主さんが、だいたい月に2回、所有馬をレースに使えたことなんです。でも今では除外ラッシュで出ること自体が難しいし、手当まで下げられてしまう。そうなると続かなくなっていく馬主さんも多いんですよ。だから、そういう部分は削ったらいけないんじゃないかなと。
毎年毎年、売り上げが落ちて「ここを削ります、あそこを削ります」と出てくるけれど、目につく所をその都度その都度削るんじゃなくて、もっと長い展望でやってきていたら、こんな事態にはなっていなかったんじゃないか・・・とも思います。
例えば、一般企業では潰れかかっても、復興する会社もあるわけじゃないですか?そこにはうまくいかなかった時のノウハウがあったり、外から入ってくる力があったりするわけで。しかし競馬界にそんな動きはない。誰かが創業した企業ではないので無理なのだろうけれど、もう商売のプロを入れていった方がいいのかもしれないし、いつかどうにもならなくなったら、そこに行きつくしかないのかな・・・と。
(しばらく考えて)
以前、中山馬主会の会報にあったのは、子供が関わってくるから難しいのは承知の上で、「千葉に東京ディズニーリゾートがあるのだから、中山の開催の時にタイアップを入れてみるのもいいんじゃないか?」という意見です。例えばイギリスの競馬場だって、普通のアスコットと、皇室が主催するロイヤル・アスコット(開催)があって、皇室主催の開催では格の違いをアピールしたりするわけじゃないですか。その種の工夫をしてもいいと思います。

水:そうすれば、マスコミの取り上げ方も違ってくるでしょうしね。

小:そこは大事なことで、例えばダービーやジャパンカップだって、競馬界も凄く盛り上げたいと思っているにしても、訴求力がまだ小さい。僕が初めて記憶に残っているレースというのはカツラギエースが逃げ切ったジャパンカップで、まだ少年でしたが、日本の馬と外国の強い馬とが戦っているというのは知っていましたからね。それはマスコミが大きく取り上げていたから知っていたわけで、例えばサッカーのワールドカップだって、マスコミが取り上げなければ、絶対盛り上がらないですよ。企業というのはそうゆうノウハウを持っているわけですから、最後は行きつくしかないのかなぁって思います。
いつか日はまた昇るだろうって、やっていますけれど、このままやっていたら、日は昇らず馬主さんはいなくなって、手が打てなくなるような気がするんですよね。冗談ではなくて、心のどこかでそうなる日が来るのを覚悟している自分がいるのも確かなんですよ。
事によったら、もし経済状況が回復しても、競馬の人気や馬券の売り上げは今のままなのかもしれない・・・・とまで思うこともあるくらいです。

水:全く同感です。競馬マスコミの端くれの私でも感じますからね…。全てを景気のせいにしていては本当にダメになると。
さっきの経営努力の話で言えば、競馬ブームって、考えてみればハイセイコーとオグリキャップという2頭の奇跡的な名馬の出現を頼みに「馬に作ってもらった」人気でしかないんですよね。JRAが企業努力をしてつくったブームではない。だから神風を待つ様な雰囲気は相変わらず残っていて…。ブームになった事でお金が回りインフラがいろいろ整備されたとかはありますけれど。それは経営努力とは別の話ですからね。

小:本当はやりたいというのもあるかもしれないけれど、国が関わっているところもあるので難しいのも分かるんです。でも良い手足はあるけれど、それが上手に動いていないというか。そんな気はしますね。そんな発想は僕でもできるわけだから、JRAも持っているとは思うんですよ。そこに踏み込めずにいるのか、やっぱり無理な話なのか…。でも、今のままじゃあ、私は馬主さんに申し訳ないです。

水:特に個人馬主さんはツライですよね。

小:はい。そして、最後に一番辛い目を見るのは馬ですから。もしかしたら、競馬が本当に無くなる日が来るのかなと。下手をしたら、中央(競馬)が駄目で、地方のどこかが残ってポツンとやっているような事もあるかもしれないですし。中央は国庫納付金があるから、なんとかなっているかもしれないですけれども、それすら収められない時には、どうするんだろうって話になっちゃいますから。
具体的にはまだイメージしていないですけれど、ある程度の歳になった時に自分の職がなくなっている事も覚悟しないといけないですし、そうならない為にも頑張らなきゃなぁと思いますね。

水:競馬に限らずですけれど、何かをしようとする時に「責任は?」という言葉を日本人は使いたがるじゃないですか。上手くいかなかった時に、誰が責任を取るのかと。結局、それを出してしまうと、何もできないで終わるという気が凄くして。特にJRAというのは公的団体だから、そういった部分もデカイのかなと。動くお金も大きいですしね。

小:競馬に限らず、世の中みんな臆病になっていますよね。政治をみていても、どこかの顔色をうかがいながらで。嫌われてもいいから、いま評価されなくてもいいから、とにかくまずは動いてみると。自分に自信がないのかなと感じますね。100人評価する人がいたら、絶対一人は反対する人がいるわけですよ。それは仕方ないことなんですけど、併せ呑むことができないというか・・・。ネットなどで色々なものが氾濫しているから、情報が耳に入り過ぎて臆病になっているのかもしれません。
僕だって批判される事は嫌だけれども、万人に好かれることは無理なので、しょうがないなと思っています。競馬も一企業として成り立っていたら、もっと動けるんでしょうね。

水:もっとトライ&エラーでいい気がしますよね。やってみて違うなら、どう直すかという部分で。動く事によって、ダイナミズムというものも出てくるでしょうし、方法が見つかってくる気がしますよね。

小:水と一緒で流さないといけないというか。溜まっちゃうと汚れてきますよね。時には汚い水も入ってくるかもしれないけれど、流していかないと。どんどんどんどん動かしていかないと、気が付いたら凄く淀んでしまうというか。

水:私達が色々なところで、書いたり発言したりする事というのは、現場やJRAを委縮させてしまうんじゃないか、逆効果なのかと思ってしまう事も実はあるんですよ。

小:いやそれは違うと思います。僕らの側がやっぱり強くならなければ駄目ですよ。

水:逆にいえば、僕らが書くことで何か動くキッカケになってくれればとは思うんですよね。

小:ですよね。競馬を愛するが故ですよね。

水:その点、調教師さんであるとか、騎手の方は大丈夫だと思うんです。問題はJRAですよ。制度を主導している人が臆病になっているというのがあって。そういった方達が「ファンはこういう部分を気にしているんだな」と敏感に反応して、動いて欲しいなというのは凄くあるんですよね。責任なんか二の次で。

小:例えば、アメリカなんかは馬場がポリトラックになったかと思ったら、問題点が見つかって今度はダートに戻ってみたりとかじゃないですか。ああいうのもアリだと思うんですよね。

水:アリだと思います。やってみたら、結局、ダートが一番いいコースだったということで戻すと。それで、ポリトラックにした責任者の首を飛ばすという話ではないじゃないですか。もちろん、ポリトラックにすることの是非を十分検討する必要はあったとは思いますが。

小:みんなに納得しても